政権交代をめざして植草一秀氏を中心に結集すること
今日は水槽を掃除していたら、ブログのアップが遅くなってしまった。4匹のディスカスは相変わらず元気だけど、日増しに凶暴になってきたって感じかな?とにかく食欲旺盛で、最近はよく青い3匹が喧嘩している。

植草一秀氏が「山口正洋氏によるねつ造記事掲載問題」というエントリーの中でも触れていらっしゃったようだが、今日、LivedoorニュースにPJ(パブリック・ジャーナリスト)Newsとしてぐっちーさんの捏造記事問題が上、中、下の3部作となって取り上げられており、ニュースランキングでも上位にきている。ぐっちーさんの捏造記事問題を、磯野彰彦氏や朝日、産経へのインタビューも含めてこれまでの経過がとてもわかりやすく書かれているので、まだ読まれていない方にはぜひおすすめだ。
植草事件の真相封じたねつ造ブログ−−ネットも支配する情報操作の闇−−(上)
植草事件の真相封じたねつ造ブログ−−ネットも支配する情報操作の闇−−(中)
植草事件の真相封じたねつ造ブログ−−ネットも支配する情報操作の闇−−(下)
ぐっちーさんのブログはその後更新が止まったままだが、ぐっちーさんは植草氏に対して責任のある対応をしていないばかりか、ぐっちーさん一人(他に約一名も)のおかげでアルファブロガーがみんな捏造記事を書いていると思われ、肩身の狭い思いをしなくてはならないというのはいたたまれない。植草氏の名誉を挽回するためにも、アルファブロガーの名誉を挽回するためにも、ぐっちーさんには植草氏に関する捏造記事を削除し、早く謝罪して欲しい。
一昨日、『気まぐれな日々』が「『植草一秀さんを中心にした反自民の結集』には応じられない」という記事の中で前日に少し感情的な記事を書いてしまった理由を述べて下さった。私は政権交代という大きな目標さえ一致していれば、左派であろうが右派であろうが全くかまわないと思っている。もともとどこからどこまでが右派でどこからどこまでが左派なのかあいまいなところがあるし、右派、左派の基準は人によって大きく違ってくるからだ。例えば、自分は左派だと思っていても、もっと極左派の人にしたら、右派だし、自分が右派だと思っていても、極右の人にしてにたら、左派と思われるであろうからだ。
一つの大きな目標が一致していれば、右派、左派だと言って異論を唱える必要はないと思う。又、植草氏を中心に反自民が結集することにしても、みんなの思想が全て一致することはありえないし、する必要もないと思っている。ただ、目標が同じなら、多少考えが違っても結集できるのではないか。
植草氏が「小異を残して大同につくことの大切さ」の中で、『Change』の木村拓哉扮する朝倉啓太の言葉を引用していた。
私は、自民党が『Change』というテレビドラマを通して、民衆のマインドコントロールをしようという魂胆を非難したけど、このせりふはそういった裏の事情は抜きにして、とてもいいせりふだと思う。
日本では「出た杭は打たれる」ということわざがあるとおり、人と違ったことをしたり言ったりすると叩かれる傾向にある。例えば、私がグリーンピースを支持するブログを書くと、「日本人はみんなグリーンピースを非難しているのに、ちょっとおかしいんじゃないの?」というコメントがつく。でも、私は、そんなコメントをもらう度に、「それが何か?」と聞きたくなる。なぜ人と違っちゃ駄目まの?どうして人に合わせなくちゃ駄目なの?言いたいことをがまんして言わずにいなくちゃ駄目なの?ただ日本のように人口が多くて、人間関係が複雑な社会だと、全ての人が自己主張が強かったら、それこそいざこざが絶えなくなるだろうから、自分を抑えることによって、人間関係がスムーズにいっているということもあるのかもしれないが・・・・。
それでも、いつも人に合わせるばかりじゃなく、朝倉啓太が言うように、人と違っていいんじゃない?でも、どうすれば自分と意見の違う相手を説得するかが大切なんだと思う。みんなが植草氏を中心にまとまろうとしているときに、Kojitakenさんは異論を唱えた。でも、しっかりと理由を述べてくれた。Kojitakenさんの説明で私は納得した。それでいいんじゃない?きっと納得できない人もいるかもしれない。そのときは、理解できるまで議論を深めていけばいいんじゃない?
私だって、例えば、万引きを繰り返す三浦和義容疑者を支持する考えや9.11の陰謀論にはとてもついていけないところはあるけど、そういった違いがあったからって、野党が連合した政権交代をめざして結集できないということにはつながらないと思う。死刑賛成派だし、捕鯨賛成派でグリーンピースが嫌いだからって同じ大きな目標を持っているのに結集できないということもないと思う。もし違う考えがあれば、結集した中で、それぞれの違いを認識しながら、議論を深めていけば自分の考えが変わるかもしれないし、相手を説得することができるかもしれないだろう。人間は機械と違って気持ちというものを持っている。そして、それは絶えず変わる可能性を秘めている。理論も大切だが、そういった自分の感情や共感する心も大切なのだと思う。
それぞれの違いはあるけれど、政権交代をめざして一つにまとまることができると思ったら、今日もランキングの応援お願いします。

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植草一秀氏が「山口正洋氏によるねつ造記事掲載問題」というエントリーの中でも触れていらっしゃったようだが、今日、LivedoorニュースにPJ(パブリック・ジャーナリスト)Newsとしてぐっちーさんの捏造記事問題が上、中、下の3部作となって取り上げられており、ニュースランキングでも上位にきている。ぐっちーさんの捏造記事問題を、磯野彰彦氏や朝日、産経へのインタビューも含めてこれまでの経過がとてもわかりやすく書かれているので、まだ読まれていない方にはぜひおすすめだ。
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ぐっちーさんのブログはその後更新が止まったままだが、ぐっちーさんは植草氏に対して責任のある対応をしていないばかりか、ぐっちーさん一人(他に約一名も)のおかげでアルファブロガーがみんな捏造記事を書いていると思われ、肩身の狭い思いをしなくてはならないというのはいたたまれない。植草氏の名誉を挽回するためにも、アルファブロガーの名誉を挽回するためにも、ぐっちーさんには植草氏に関する捏造記事を削除し、早く謝罪して欲しい。
一昨日、『気まぐれな日々』が「『植草一秀さんを中心にした反自民の結集』には応じられない」という記事の中で前日に少し感情的な記事を書いてしまった理由を述べて下さった。私は政権交代という大きな目標さえ一致していれば、左派であろうが右派であろうが全くかまわないと思っている。もともとどこからどこまでが右派でどこからどこまでが左派なのかあいまいなところがあるし、右派、左派の基準は人によって大きく違ってくるからだ。例えば、自分は左派だと思っていても、もっと極左派の人にしたら、右派だし、自分が右派だと思っていても、極右の人にしてにたら、左派と思われるであろうからだ。
一つの大きな目標が一致していれば、右派、左派だと言って異論を唱える必要はないと思う。又、植草氏を中心に反自民が結集することにしても、みんなの思想が全て一致することはありえないし、する必要もないと思っている。ただ、目標が同じなら、多少考えが違っても結集できるのではないか。
植草氏が「小異を残して大同につくことの大切さ」の中で、『Change』の木村拓哉扮する朝倉啓太の言葉を引用していた。
「去年までは小学校の教師をしていました。
喧嘩や陰湿ないじめなどがあった時、僕は子供達にこう言ってました。」
「「考えよう」って!」
「気に入らない事とかがあったら、自分の言いたいことはちゃんと相手に言って、相手の言うことはちゃんと聞いて、それでお互いにとことん考えようって。そうすれば・・・」
「わかりあえる」
「いえ・・・相手と自分は違うんだということに気づくんです」
「同じ人間だと思ってるから、否定されただけでムカついたり、
誰かが独り別行動をとったら、なんだ、あいつって・・・。そっからケンカとか、イジメが始まるんです。でも、同じ人間なんていないじゃないですか」
「だからぼくは子供たちに、自分と相手は違うんだっていうことを理解してほしかったんです」
「しっかり話し合って、それからとことん考えれば、相手と自分は違うということに気がつくことができる。同じ人間なんていない。みんな考え方も事情も違うんだ。」
「その上で、じゃあどういう言葉を使えば自分の気持ちが相手に伝わるのか、どうすれば相手を説得出来るのか、そこを考えよう!って言って来ました」
私は、自民党が『Change』というテレビドラマを通して、民衆のマインドコントロールをしようという魂胆を非難したけど、このせりふはそういった裏の事情は抜きにして、とてもいいせりふだと思う。
日本では「出た杭は打たれる」ということわざがあるとおり、人と違ったことをしたり言ったりすると叩かれる傾向にある。例えば、私がグリーンピースを支持するブログを書くと、「日本人はみんなグリーンピースを非難しているのに、ちょっとおかしいんじゃないの?」というコメントがつく。でも、私は、そんなコメントをもらう度に、「それが何か?」と聞きたくなる。なぜ人と違っちゃ駄目まの?どうして人に合わせなくちゃ駄目なの?言いたいことをがまんして言わずにいなくちゃ駄目なの?ただ日本のように人口が多くて、人間関係が複雑な社会だと、全ての人が自己主張が強かったら、それこそいざこざが絶えなくなるだろうから、自分を抑えることによって、人間関係がスムーズにいっているということもあるのかもしれないが・・・・。
それでも、いつも人に合わせるばかりじゃなく、朝倉啓太が言うように、人と違っていいんじゃない?でも、どうすれば自分と意見の違う相手を説得するかが大切なんだと思う。みんなが植草氏を中心にまとまろうとしているときに、Kojitakenさんは異論を唱えた。でも、しっかりと理由を述べてくれた。Kojitakenさんの説明で私は納得した。それでいいんじゃない?きっと納得できない人もいるかもしれない。そのときは、理解できるまで議論を深めていけばいいんじゃない?
私だって、例えば、万引きを繰り返す三浦和義容疑者を支持する考えや9.11の陰謀論にはとてもついていけないところはあるけど、そういった違いがあったからって、野党が連合した政権交代をめざして結集できないということにはつながらないと思う。死刑賛成派だし、捕鯨賛成派でグリーンピースが嫌いだからって同じ大きな目標を持っているのに結集できないということもないと思う。もし違う考えがあれば、結集した中で、それぞれの違いを認識しながら、議論を深めていけば自分の考えが変わるかもしれないし、相手を説得することができるかもしれないだろう。人間は機械と違って気持ちというものを持っている。そして、それは絶えず変わる可能性を秘めている。理論も大切だが、そういった自分の感情や共感する心も大切なのだと思う。
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