2008.03.23 (Sun)
米国大統領選に見る「左右の対立、新旧の対立」by冷泉彰彦
JMMメルマガで冷泉彰彦氏がこのところ波乱含みの米大統領選について最新事情を詳しく解説して下さっているので、紹介したい(全文は文末のread moreへ)。できれば、JMMの無料メルマガを購読してくださると編集長の村上龍氏も喜ばれる事と思う。
これまではオバマ氏に有利な展開だったのが、一転してオバマ氏が20年来とても親しくしているジェレミー・ライトという黒人教会の牧師が「過激反米発言」をしたことが明らかになるにつれ、こういった人物と親密な関係にあるオバマを軽蔑する動きがでてきた。
この牧師の過激発言は、何度も何度もテレビで繰り返されて放映された。例えば、「金持ちの白人によって米国の黒人は支配されている」9・11のテロに際して、「アメリカが世界へ向けて行ってきた暴力の報いだ」「米国が広島や長崎に原爆を落として何十万人という人々を殺したことは全く気にしていないくせに、NYの9・11のテロで3000人が殺されたことを騒いでいる」「ゲイや黒人を殺すために政府がエイズを発明した」「政府はイラクの大量破壊兵器について嘘をついている」「ヒラリーは決してニガーと呼ばれたことがない」「ヒラリーはオバマのように貧しい家庭で片親によって育てられていないから庶民の気持ちがわからない」「ビル・クリントンは、3つの重罪を犯したら終身刑になる3ストライクス・ローを作り、多くの黒人が終身刑になった」「ビル・クリントンは米国人に対して、モニカ・ルインスキーにしたと同じ事をした」など、反米感情というか、反米政府感情丸出しで、黒人の白人に対する憎しみを強調しており、これから世代を超えた新しい政治を始めようとしているオバマが、実はこういった古い偏質的な考えも持ち合わせているのではないかと若者を中心とした人々の不審を買った。
それでは、ライト牧師がどれだけ過激かという映像をyoutubeでお楽しみ下さい(笑)。
Barack Obama Pastor Jeremiah Wright is anti American Racist
しかしながら、オバマ氏は、18日の火曜日にフィラデルフィアで行った演説の中で見事にダメージコントロールに成功している。ライト牧師との親密な関係は認めつつも、彼の人種の分断を招く彼の発言には反対の意思をはっきりと表明した。そうする中で、今とは違って60年代には確かに人種隔離が現実だったとライト牧師の擁護もしている。
いやあ、過激なんてもんじゃないね。この牧師。でも、黒人や貧しい人にとっては、なんか引きずり込まれちゃうようなカリスマ性も確かにあるかも。日本人にとっても広島、長崎のくだりは、なかなか全うなことを言っていると思う人も多いだろう。オバマ氏はうまく対処したと思うが、この牧師のおかげでかなりの打撃を受けたのは確実だ。
ところで、先日もこのブログでも触れたニューヨーク州のスピッツァー知事による買春辞任騒ぎだけど、冷泉氏によると、民主党にとっては大事件だったけれども、ヒラリーにとってはスピッツァーというのはある種、切り捨てても良い存在だったため、ダメージどころか心の中では喜んでいるのではないかと推測している。
というのも、2006年11月にヒラリーとスピッツァーがそれぞれNY州の上院議員と知事に当選したときに二人とも「不法移民にも運転免許を交付すべき」という公約を掲げて当選した。しかし、その後、大統領選が進む中、ヒラリーは「不法移民への免許証交付」という公約を取り下げたのだ。なぜかというと、中西部の中間層を取り込みたいからで。他人の人権より自分の安全を中心の発想法が支配する中西部では、人権がアピールする東北部とは違い、この政策に反感を抱く人が多いだろうという判断からだった。それと同時にNYで不法移民に運転免許を与えたら、NYの犯罪が増え、治安も悪くなるだろうという世論も広まっていった。
スピッツァーは、強靭にもヒラリーにも、そうした世論にも屈しない態度をとっていたけれども、結局は断念せざるを得なかった。この前後の経緯については、オバマや右派がこのヒラリーの「変節」を批判しており、ヒラリーとしては「変節」前の盟友で今は自分の政治的お荷物となったスピッツァーの存在が邪魔だったのではないかと。だから、今回のスピッツァーの辞任騒動はヒラリーにとって渡りに船といったところだろうと冷泉氏は予想している。
ちなみにオバマ氏は一貫して「不法移民への免許証交付」には賛成で、そのせいかどうかわからないけれども、長年クリントン一家の政治的盟友であったリチャードソン、ニュー・メキシコ州知事は、すでに免許の交付を実施していることがあるのかどうかわからないけれども、オバマ氏支持に切り替えている。
なんとも複雑な米国大統領選だが、冷泉氏の解説によって細かい事情が手に取るようにわかり、興味を持つ人も多いのではないだろうか。この他にもディズニーなどの映画の紹介を兼ねて、左右、新旧の対立について鋭くメスを入れている。読む人を惹き付ける文章が書ける少ない作家のひとりだと思う。
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第348回
「左右の対立、新旧の対立」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第348回
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「左右の対立、新旧の対立」
先週から今週にかけては、アメリカの大統領選は荒れ模様でした。まず、民主党の
ヒラリーとオバマは「人種」をめぐる不規則発言がお互いに明るみに出て、それぞれ
の陣営がガタガタしたのです。ヒラリー陣営での問題はお粗末でした。選対の顧問を
務めていたジェラルディン・フェラーロ女史が「(オバマは)白人男性や女性だった
らここまでは来なかっただろう」とやってしまったのです。フェラーロ女史といえ
ば、本選で敗退したとはいえ、1984年の大統領選でモンデール候補(後の駐日大
使)と組んで史上初の女性副大統領候補にもなった大物政治家ですが、この失言のた
めにあっけなく顧問の辞任に追い込まれました。
トラブルとして面倒なことになっていたのはオバマの方です。オバマがシカゴ郊外
で地盤を固めて行く中で世話になったジェレミー・ライトという有名な黒人教会の牧
師について、その「過激反米発言」が徐々に明るみに出される中で、「オバマはこん
な人間と同類なのか」とういうような非難が日増しに強まっていたからです。このラ
イト牧師は、一万人以上の信者を集める黒人メガチャーチの元指導者で、典型的な反
人種差別のリベラルという枠組みから外れる人ではないのですが、ここへ来て「ユー
チューブ」などでその「過激発言」がグルグル回覧される中、ABCテレビが執拗に
取り上げたり、保守派のFMトークショーで問題視されたりしていたのです。
このライト牧師の言動ですが、確かに過激な内容が含まれているのは事実です。例
えば、黒人解放のためには暴力も辞さないという姿勢を取った伝説の指導者マルコ
ムXの流れを組むルイス・ファルカン師と一緒に、リビアやレバノンを訪問したと
か、セプテンバー・イレブンスのテロに際して「アメリカが世界へ向けて行ってきた
暴力の報いだ」と述べるなど、なかなか筋金が入った感じです。勿論、60年代から
70年代の激しい時代の記憶のある人には、それほど驚くことはないと思うのです
が、右派だけでなく、こうした言動にふだん接することのない最近の若い世代からは
「アメリカ人のくせに反米的」だとか「黒人の憎悪を強調しすぎて白人との分断を招
くだけ」という反応が出ていたのです。
この辺りに、今回のオバマのキャンペーンの一つの難しさが隠されています。オバ
マ自身は「人種の統合」であるとか「未来へ向けての和解」というメッセージなど
「新しさ」を売り物にしています。ですが、世代的なものを含めて、オバマの思想の
源流にはどうしても60年代から70年代のラジカリズムの痕跡があるのです。例え
ば、ミッシェル夫人が「私は大人になって以降、今回初めて(黒人である夫が本格候
補に認知されたことで)アメリカに誇りを持てた」と言って、右派からほとんど非国
民呼ばわりされたことがありましたが、これも左右対立と言うよりも世代間のギャッ
プ、つまりミシェルの「怒れる黒人」的な「ノリ」に「古さ」を感じさせるものが
あったために非難がそこへ集中したとも言えるでしょう。
オバマ自身に関しても、自伝の中で述べているように「自分のアイデンティティは
何であるか」に迷って荒れた青春時代を送ったという中で、60年代から70年代の
リベラルなカルチャーの影響を受けているのは明らかです。オバマの場合、ここまで
の選挙戦で「右か左か」という政策のポジションに関しては支持者だけでなく、全米
の「ニュース・ウォッチング・マニア」の間に十分に浸透を図ることができたように
思います。単純に言えば、イラクに関しては反戦+即時撤退論、福祉に関しては中く
らいの政府ということで、この位置決めに関しては認知を受けていると言って良いで
しょう。ただ、もう一つの、そして最大の売り物である「メッセージの新しさ」の中
に「古さ」が混じっているとなると、これは問題です。
今回のオバマに突きつけられた中傷は、一見すると「オバマが左寄りすぎる」とか
「黒人の代表であって、白人への敵意を持っているのでは?」という白人保守派から
の「懸念」にように見えます。勿論そうした側面もあります。ですが、オバマの選挙
戦略の全体から見れば「オバマという『新しさ』の中に『古さ』が見えてしまう」と
いう意味で明らかな危機だったというわけです。その意味で、18日の火曜日にフィ
ラデルフィアで行ったオバマの「人種問題に関するスピーチ」は、ダメージコントロ
ールとして完璧な対応だったと言えます。
内容的には、自伝などで言っていたことの延長でしたが、自分で推敲を重ねたとい
うだけあって、演説として見事なものでした。「ライト師は自分にとっては家族同様
の存在だった」とハッキリ認めながら、「しかし彼の意見には賛同できない。特に人
種の分断を招く内容には私は反対だ」とバッサリ切り捨てるところは切り捨て、その
上で「だが彼の生きていた時代は、人種隔離というのが現実だった時代だった。その
意味で、彼の言動は60年代の反映だとして理解するのが正当だ」ということで、突
き放しつつ擁護もしています。
この演説は全米でかなり注目されていましたから、TVのニュースではさんざん取
り上げられたのですが、短く引用する場合にはこうした「ライト発言への対策コメン
ト」よりも、オバマの十八番の部分、つまり「ケニア人の父を持ち、白人のシングル
マザーによって育てられた自分にこうしたチャンスを与えてくれる国は、アメリカだ
けだ」であるとか、「(妻の)ミシェルは奴隷の子孫でもあり、同時に奴隷の所有者
の子孫でもある(実際にチェイニー副大統領の遠縁に当たるのだそうです)」という
部分が何度も何度も放映され、改めてオバマの弁舌の説得力をアピールした格好に
なっています。事前の解説では、ライト牧師を庇ってもダメ、突き放ちすぎても変節
漢ということになるとして、オバマ最大の危機か、などという言われ方もしていたの
ですが、結果的には予想以上の名演説になったというのが、おおかたの見方です。
こうした人種問題に関しては、相当に辛口のパット・ブキャナン(超保守派の元共
和党大統領候補)なども、事前には「人種問題はいつかオバマの命取りになると思っ
ていたんですよ」などと言っていたのですが、演説の直後には「大したものだ。素晴
らしいスピーチと認めざるを得ないですね」とMSNBCで語っていました。筋金入
りの保守であり、ニクソン、フォード、レーガンの三代の大統領にスピーチライター
として仕えたブキャナンが認めたというのですから、名演説だったというのは間違い
ないでしょう。
ところで、この間、民主党の政治家としては、ニューヨーク州のスピッツァー知事
の買春スキャンダルがメディアでは大きな騒ぎになっていました。強大な権力を誇っ
た知事も、この問題であえなく辞任に追い込まれましたが、特にスキャンダルの内容
自体が、ワシントンの高級買春クラブに引っかかって若い女性に入れ込んだ挙げ句、
多額のカネを支払っていただけでなく、支払いの事実を隠蔽しようとマネー・ロンダ
リング(資金洗浄)的な行為にも手を染めていたらしいというのですから、お粗末き
わまりない事件でした。
このスピッツアー辞任騒動は、民主党にとっては勿論大事件ですが、ではヒラリー
やオバマにとってダメージかというとそうでもないのです。例えば、ヒラリーに取っ
ては「男は不倫するかもしれないし、実際に自分は夫に不倫されて大変だったがそれ
を乗り越えた」という「伝説」を持っているわけで、同じ民主党の知事がスキャンダ
ルを起こしても平気だというわけです。それ以上に、ヒラリーにとってスピッツァー
というのはある種、切り捨てても良い存在だったという見方ができます。
というのは、スピッツァーが知事に当選した2006年11月の選挙はNY州に
取っては上院議員とのダブル選挙で、その際にヒラリーは二期目へ向けて圧勝してい
ます。いわば両者は政治的盟友だったのですが、ここへ来てすきま風が吹いていまし
た。問題は「不法移民への運転免許交付」という政策をめぐるものでした。ダブル選
挙の際には、スピッツァーもヒラリーも「免許証を与えるべき」という公約を掲げて
当選しています。理由は簡単で、それが民主党の掲げる天賦人権のイデオロギーに忠
実だからです。特にスピッツァーの場合は、長期政権だった共和党の前職パタキ知事
との差別化を図る上でも、重要な公約でした。
ですが、その後、大統領選に立候補して選挙戦が進む中で、ヒラリーはこの「不法
移民への免許証交付」という公約を取り下げたのです。理由はこれも簡単で、中西部
の中間層を取り込みたいからでした。人権がアピールする東北部では通用しても、他
人の人権より自分の安全を中心の発想法が支配する中西部では、強くこの政策を掲げ
ていてはダメだという政治的判断でした。このヒラリーの変節と前後して、全国レベ
ルの世論やメディアの空気として「多くの不法移民を抱えるNY州が免許証交付を進
めると、NY州が不法移民天国になって全国レベルの治安が悪化する」という声が
広まったのです。
スピッツァーは、ヒラリーにも、そうした世論にも屈しないよう頑張ったのです
が、最後には交付の断念に追い込まれています。この前後の経緯については、ヒラリ
ーとしては右派から「変節」を攻撃される中で、「変節」前の盟友で今は自分の政治
的お荷物となったスピッツァーの存在が邪魔だったに違いありません。ですから、今
回の失脚劇に関しては、ヒラリーは痛くもかゆくもないどころか、喜んでいるかもし
れないのです。この対立劇が示すものは、ヒラリー自身も「古いリベラル」では本選
に勝てないという意識を持っているということに気づいているということだと思いま
す。
勿論、政策として「不法移民への免許証交付」というのは、治安の向上に寄与する
という声もあります。例えば、既に免許の交付を実施しているニュー・メキシコ州の
リチャードソン知事などは積極推進派ですし、この一件のせいかどうか分かりません
が、長年クリントン一家の政治的盟友であったにも関わらず、特別代議員としてオバ
マ支持に回ると宣言しています。というのも、オバマは交付に賛成で一貫しているか
らです。
このあたりは、ちょっと一筋縄ではいかないところがあるのですが、ヒラリーの場
合は「治安と軍事に強い」というイメージを作り上げて「911以前ののんきな政治
家ではない」という売り込み方をしています。そのヒラリーが「不法移民への免許証
交付に反対」というのは筋が通るだけでなく、時間感覚として「新しい」印象を与え
るのです。逆にオバマの場合は、壮麗なレトリックに彩られた「統合による未来への
希望」を掲げていますから、そのイデオロギーと整合性を取った形として「不法移民
にも免許証を」とやっても、それは「古さ」ではなく「新しさ」として受け取られる
のです。
その意味で、ヒラリーはスピッツァーを切り捨てることで、そしてオバマはライト
師を切り捨てることで「自分は過去から決別している」というイメージを出そうとし
ているわけです。勿論、こうした動きを「右か左か」という軸で説明しても良いので
すが、政治的には「右だからダメ」とか「左だから」という言い方では、硬直したイ
デオロギー対立になってしまうこともありますし、中道票獲得合戦としては説得力に
欠けることもあって「新しさ」か「古さ」かというイメージが大事になってくるので
す。
では、保守の間にはどのような「新しさ」があるのでしょうか。政治的にはちょっ
と分からないところがあります。例えばハッカビーの(内容はともかく)一字一句ま
で明瞭なレトリックの(英語の発音もそうですが)切れ味には漠然とした「新しさ」
がありました。ですが、そのハッカビーは「4年後」を期して政治の表舞台からは
去っています。ではマケインはどうでしょう。捕虜への拷問に反対したり、社会価値
観論争で右派を相手に譲らなかったりというのは、良い意味での中道主義ではあって
も、新しさということにはなりません。また今回、開戦5周年にあたってイラクを電
撃訪問してブッシュの政策を改めて追認しましたが、同じ日にブッシュの支持率が3
1%まで下がったことが報じられると、ニュースとしては色あせた感じになっていま
す。
では、保守陣営はこのまま古さの中に埋没してしまうのでしょうか。どうもそうで
はないようです。では、保守がどのような「新しさ」を志向しているのか、それを考
える映画が日本で公開され、アメリカでは今週DVDが発売になっていますので、そ
のお話をしましょう。『エンチャンテッド(邦題は「魔法にかけられて」)』という
「バリバリの」ディズニー映画です。ディズニーは、時代の趨勢もあって、セル画に
よる「勧善懲悪、お涙頂戴」のアニメはもう作るのを止めると宣言しており、ここの
ところは何と言っても『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズであるとか、ピク
サー社の製作する家族連れ向けのCGアニメ(アドベンチャーものが多い)と、保守
本流とでも言うべき「スポーツ感動大作」などを作っていました。
勿論、女の子のいる家庭向けの映画も忘れておらず「ふたりのロッテ」のリメイク
『ペアレント・トラップ(邦題は「ファミリー・ゲーム/双子の天使」)』であると
か、アン・ハサウェイを大スターにした『プリンセス・ダイヤリー(邦題は「プリ
ティ・プリンセス」)』のシリーズとかを出してはいました。ですが、往年の『白雪
姫』や『リトル・マーメイド』のような少女向けの「お化けヒット」には恵まれては
いなかったのです。そこへ飛び出したのが、この『エンチャンテッド』でした。
結果的に「お嬢ちゃま向け映画」としては記録的な125ミリオンのメガヒットに
なったこの作品は、(すみません、以降はかなりネタバレになるので、ご覧になる予
定のある方は映画を見てからお読み下さい)男親一人に育てられている、ちょっと孤
独な(そして決して美人でもない)少女と、おとぎ話の世界から表れた「プリンセス
・ジゼル」の友情の物語だと言って良いでしょう。おとぎの国からやってきたお姫様
がNYの街に出現するという、荒唐無稽な物語がどうして大勢の親子に支持されたか
(特に女の子を持つ父親たちの支持が高かったそうです)というと、そこには「ディ
ズニー・マジック」というべき仕掛けの数々があるからです。
まず、この映画全体が『シュレック』のパロディーになっているのです。『シュ
レック』はアメリカの国民的ヒット映画シリーズですから、誰でも見ており、そのパ
ロディーだというのは一目瞭然なのですが、大事なのは『シュレック』というアニメ
が、そもそも伝統的な勧善懲悪ディズニーアニメに対する強烈なパロディーだったと
いうことです。つまり、『エンチャンテッド』が『シュレック』のパロディーだとい
うことは、ディズニー自身の古典的アニメの「パロディーのパロディー」だという複
雑なことになるのです。
冒頭いきなりディズニーのロゴにある「シンデレラ城」の2Dのイラストが3Dに
なって、そのまま観客はシンデレラ城の世界に引き込まれます。そこは完全なセル画
(もちろんデジタルも相当使っていると思いますが)の2Dの世界で、それだけでな
く『白雪姫』に出てくるような王国、そしてそこには絵に描いたような(勿論2Dの
セル画風アニメですから絵そのものですが)おとぎ話の世界が現出します。そして、
登場するのは、お姫様と、そのお姫様に恋をした王子様、そしてその邪悪な継母・・
・とにかく、すごいのはこの「蝶よ花よ」という2Dのアニメが『シュレック』(緑
色のモンスターが善玉という設定)へのアンチになっているばかりか、その過剰さが
過去のディズニーアニメの強烈なパロディーになっているという仕掛けです。
この部分だけで十分に製作者たちの気迫が伝わってくるのですが、それというのも
『シュレック』シリーズを作っている「ドリームワークス・アニメ」という制作プロ
ダクションは、ディズニーを追われたジェフリー・カッツェンバーグという辣腕プロ
デューサーがスピルバーグたちと立ち上げたものです。その「ドリームワークス」に
ディズニーは、ずいぶんマーケットシェアを奪われていました。それもこれも、ドリ
ームワークスは『シュレック』に代表されるように、ディズニーの作品が持っていた
単純な善悪に二元論による勧善懲悪や、白人の美男美女が主人公といった保守性を嘲
笑するかのような、リベラル的な表現のパワーを持っていたからです。
ですが、この『エンチャンテッド』は、徹頭徹尾その『シュレック』のパロディー
に徹することで「新しさ」を表現するためには別にリベラルなカルチャーである必要
はないことを証明してしまいました。まず、爆笑モノなのが、ニューヨークが「この
世の苦悩の詰まった地獄のような場所」だとされていることで、おとぎ話の世界から
落ちてきた主人公たちはいきなりタイムズスクエア脇にあるマンホールから飛び出し
てくるのです。このあたりは映画『ジョン・マルコビッチの穴』のパロディーです
が、それはともかく、田舎から出てきた無垢な人々にはニューヨークが人情も何もな
い地獄のような場所だというのは、都市のカルチャーに対する強烈な皮肉だと言えま
す。
人種に関しても、かなり仕掛けがされています。主人公たちは白人の美男美女ばか
り、そこには黒人もアジア系も出てきません。それで何が悪い、という居直りすら感
じます。また、主人公の恋敵の女性にはユダヤ系と思われるブルネットの女性、また
主人公は離婚弁護士という商売をやっているのですが、その顧客として離婚調停中の
イヤなカップルは黒人というように、決して良い役ではない部分にマイノリティーを
持ってきています。実はお話が進むにつれて、彼等には彼等なりにハッピーなエン
ディングが用意されているので、観客は人種の扱いに関して特に悪感情は持たないで
しょう、ですが明らかに白人優越という作りになっています。
主役の「お姫様」にはエイミー・アダムスという34歳のベテラン女優を起用して
いますが、このアダムスの壮絶な演技と言いますか、一種の「怪演」もこの映画の成
功要因の一つでしょう。アダムスの「おとぎ話風」の喋り方、そして恋愛のことを考
えると自然に歌になってしまうというあたりは、それぞれが「おとぎ話」と「ミュー
ジカル」のパロディーになっているのですが、若手の女優にやらせたら面白くもおか
しくもない演技が、アダムスの手にかかると自分自身のパロディー、ディズニー映画
でありながら過去のディズニー文化を笑い飛ばしている重層的なパロディーに化けて
いるから不思議です。
ちなみに「恋愛のことを考えると歌になってしまう」という超能力(?)は、やが
てこの「お姫様」が複雑な人間の感情を理解し始めると消えてしまうのです。「おと
ぎ話」の世界から人間くさい世界に移行するにつれて超能力がなくなるというあたり
は、映画『プレザントビル(邦題は「カラー・オブ・ハート」)』のパロディーだと
思います。『プレザントビル』の場合は禁欲的な人々は白黒だったのが人間的な感情
が芽生えると色がつくという処理だったので、それとは方向性が逆のような感じもし
ますが、演出としては興味深い処理になっています。
映画の中で、この「お姫様」が芋虫やゴキブリたちを従わせて部屋の掃除をすると
いうシーンがあります。この「散らかった部屋の掃除」ということ自体が『メアリー
・ポピンズ』のパロディーだということも大事ですが、どうして「お姫様」が気味の
悪い虫たちを「愛でて」いるのかというと、これも『シュレック』に対するパロディ
ーなのです。『シュレック』は怪物であって、気味の悪い虫を食べるのが大好きなの
です。その『シュレック』に対抗するには、気味の悪い虫が苦手なお姫様ではダメ
で、虫たちを手なずけるような存在が必要だったのでしょう。そこにはディズニーと
して今でも提携関係にある、宮崎駿作品へのオマージュも含まれていると思います。
また女性のドラゴンが出てくるのも『シュレック』と全く同じで、『シュレック』の
場合は怖そうなのに実は優しいのですが、この映画でのドラゴンは邪悪そのものとい
う風に裏返しになっています。
とにかく、この作品は細部の演出から、最後の余りにも強引なエンディングに至る
まで全てがパロディーなのです。それも、ディズニーがライバルであるドリームワー
クスの文化だけでなく、ディズニー文化自身も笑い飛ばしてしまう、そんなパワーを
見せつけた怪作と言えるでしょう。2007年から8年にかけての現在の「保守カル
チャー」はそこまで「新しさ」を獲得しているのです。同じようなカルチャーは、同
時期にヒットしてアカデミー賞の作品賞候補の栄誉まで獲得した、十代の少女が妊娠
してしまう青春ドラマ『ジュノ』にも見られます。
童顔の16歳の女子高生が妊娠してしまう、仮に青春映画のストーリーを描くとし
て、最初のセッティングがそうだったとしたら、どんな展開になるでしょうか。古典
的なリベラルのカルチャーだったら、苦悩の結果中絶に走るか、あるいは中絶がイヤ
なら産んでシングルマザーとして苦労する・・・そんな中、親は激怒するばかりで、
その親や保守的なコミュニティに背を向けて少女は戦い大人になる・・・そんなスト
ーリー展開になりそうです。(以降もこの映画のネタバレになります。ご容赦下さ
い)ところが、この『ジュノ』の展開はそうした予想を全て裏切ってくるのです。
まず親は全く怒りません。淡々とではありますが、妊娠してしまった少女を支援す
るのです。また少女は最終的に中絶も、シングルマザーの道も選びません。子供を里
子に出す制度を利用するのです。中絶については一度は考えるのですが、その中絶医
の人々が事務的でイヤな印象だったのと、中絶医の前にプラカードを持って「中絶反
対」を唱えていた中国系のクラスメイトの一言が気になって産む決心をするというエ
ピソードもあります。
ロック音楽を愛して、実に「エッジの利いた」若者言葉をポンポンと口にする主人
公は実に魅力的で、このジュノの役を演じたエレン・ペイジは一夜にして大スターに
なってしまいました。その主人公のキャラクター、そして何とも自由な若者たちの雰
囲気からするとこの映画はリベラルな青春映画カルチャーそのもののように見えま
す。ですが、違うのです。この作品も「時代の最前線としての保守」カルチャーなの
です。何ともさりげなくではありますが、中絶反対のメッセージを織り込んでいるこ
と、親子の世代間闘争という思想を否定していることがその証拠です。そして、観客
の多くが十代であると思いますが、そうした層に対して「戦って立派な大人になれ」
とは一言も言わないで、その代わり「色々大変なトラブルを抱えることもあるだろう
けど、でも大丈夫」という癒しのメッセージを発信している、これも最新の保守、と
りわけ福音派教会のマーケティングそのものだと言えます。
勿論、こうした「保守メッセージ」は映画の表面的なストーリーからは巧妙に隠さ
れています。ですが、『エンチャンテッド』を観た人は、少し前にNYで共和党大会
が開催されたときに、草の根保守を嫌うNYっ子たちが「お前たちはカンザスへ帰
れ」と言って共和党大会への反対デモを行った、そんな光景に次に出会ったら映画の
ことを思い浮かべながら反発を覚えるのではないでしょうか。『ジュノ』の場合は
もっと具体的で、この映画の影響によって(勿論それは悪いことではないのですが)
軽はずみな性行為や中絶に対して十代の少年少女たちが躊躇するようになるという教
育効果はかなりあるように思います。
2007年の公開作品の中で、特に少女や十代といった若い女性を意識した作品の
中に「最新の保守思想」が紛れ込んでいるというのは、非常に興味深いことです。そ
の背景にはリベラルがどこかで60年代や70年代といった「過去の栄光」に頼る古
さを持っているということもありますし、福音派が主導する最近の保守カルチャーが
一つの大きな文化現象になってきたということもあるでしょう。ただ、大事なのはこ
うした保守カルチャーが、リベラルよりも新しく見えるところにあります。その辺り
の思想の時間軸という問題が、大統領選での論戦とも重なって来る、そこに2008
年のアメリカの現在があるように思います。
では、そうした「新しい保守カルチャー」に染まった地方の若い人々の心をとらえ
られるのは、誰なのでしょう。オバマではないでしょう。マケインもダメそうです。
私はこうした「都市でなく地方、知的ではなく庶民的、福音派の影響で中絶反対、リ
ベラル文化には権威性と古さを感じる」というような層に対して、最も食い込んでい
けるのはヒラリーではないかと見ています。映画『エンチャンテッド』の中で、邪悪
な女王役でスーザン・サランドンがこれまた怪演を見せていますが、サランドンとい
えばハリウッドきってのリベラル派女優で有名です。そのサランドンが、自分の信念
は信念として、こうした保守カルチャー満載の作品にもしっかり顔を出してくる、そ
の「したたかさ」は私にはどうしてもヒラリーと重なって見えるのです。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
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これまではオバマ氏に有利な展開だったのが、一転してオバマ氏が20年来とても親しくしているジェレミー・ライトという黒人教会の牧師が「過激反米発言」をしたことが明らかになるにつれ、こういった人物と親密な関係にあるオバマを軽蔑する動きがでてきた。
この牧師の過激発言は、何度も何度もテレビで繰り返されて放映された。例えば、「金持ちの白人によって米国の黒人は支配されている」9・11のテロに際して、「アメリカが世界へ向けて行ってきた暴力の報いだ」「米国が広島や長崎に原爆を落として何十万人という人々を殺したことは全く気にしていないくせに、NYの9・11のテロで3000人が殺されたことを騒いでいる」「ゲイや黒人を殺すために政府がエイズを発明した」「政府はイラクの大量破壊兵器について嘘をついている」「ヒラリーは決してニガーと呼ばれたことがない」「ヒラリーはオバマのように貧しい家庭で片親によって育てられていないから庶民の気持ちがわからない」「ビル・クリントンは、3つの重罪を犯したら終身刑になる3ストライクス・ローを作り、多くの黒人が終身刑になった」「ビル・クリントンは米国人に対して、モニカ・ルインスキーにしたと同じ事をした」など、反米感情というか、反米政府感情丸出しで、黒人の白人に対する憎しみを強調しており、これから世代を超えた新しい政治を始めようとしているオバマが、実はこういった古い偏質的な考えも持ち合わせているのではないかと若者を中心とした人々の不審を買った。
それでは、ライト牧師がどれだけ過激かという映像をyoutubeでお楽しみ下さい(笑)。
Barack Obama Pastor Jeremiah Wright is anti American Racist
しかしながら、オバマ氏は、18日の火曜日にフィラデルフィアで行った演説の中で見事にダメージコントロールに成功している。ライト牧師との親密な関係は認めつつも、彼の人種の分断を招く彼の発言には反対の意思をはっきりと表明した。そうする中で、今とは違って60年代には確かに人種隔離が現実だったとライト牧師の擁護もしている。
いやあ、過激なんてもんじゃないね。この牧師。でも、黒人や貧しい人にとっては、なんか引きずり込まれちゃうようなカリスマ性も確かにあるかも。日本人にとっても広島、長崎のくだりは、なかなか全うなことを言っていると思う人も多いだろう。オバマ氏はうまく対処したと思うが、この牧師のおかげでかなりの打撃を受けたのは確実だ。
ところで、先日もこのブログでも触れたニューヨーク州のスピッツァー知事による買春辞任騒ぎだけど、冷泉氏によると、民主党にとっては大事件だったけれども、ヒラリーにとってはスピッツァーというのはある種、切り捨てても良い存在だったため、ダメージどころか心の中では喜んでいるのではないかと推測している。
というのも、2006年11月にヒラリーとスピッツァーがそれぞれNY州の上院議員と知事に当選したときに二人とも「不法移民にも運転免許を交付すべき」という公約を掲げて当選した。しかし、その後、大統領選が進む中、ヒラリーは「不法移民への免許証交付」という公約を取り下げたのだ。なぜかというと、中西部の中間層を取り込みたいからで。他人の人権より自分の安全を中心の発想法が支配する中西部では、人権がアピールする東北部とは違い、この政策に反感を抱く人が多いだろうという判断からだった。それと同時にNYで不法移民に運転免許を与えたら、NYの犯罪が増え、治安も悪くなるだろうという世論も広まっていった。
スピッツァーは、強靭にもヒラリーにも、そうした世論にも屈しない態度をとっていたけれども、結局は断念せざるを得なかった。この前後の経緯については、オバマや右派がこのヒラリーの「変節」を批判しており、ヒラリーとしては「変節」前の盟友で今は自分の政治的お荷物となったスピッツァーの存在が邪魔だったのではないかと。だから、今回のスピッツァーの辞任騒動はヒラリーにとって渡りに船といったところだろうと冷泉氏は予想している。
ちなみにオバマ氏は一貫して「不法移民への免許証交付」には賛成で、そのせいかどうかわからないけれども、長年クリントン一家の政治的盟友であったリチャードソン、ニュー・メキシコ州知事は、すでに免許の交付を実施していることがあるのかどうかわからないけれども、オバマ氏支持に切り替えている。
なんとも複雑な米国大統領選だが、冷泉氏の解説によって細かい事情が手に取るようにわかり、興味を持つ人も多いのではないだろうか。この他にもディズニーなどの映画の紹介を兼ねて、左右、新旧の対立について鋭くメスを入れている。読む人を惹き付ける文章が書ける少ない作家のひとりだと思う。
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2008年3月22日発行━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media] No.471 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第348回
「左右の対立、新旧の対立」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第348回
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「左右の対立、新旧の対立」
先週から今週にかけては、アメリカの大統領選は荒れ模様でした。まず、民主党の
ヒラリーとオバマは「人種」をめぐる不規則発言がお互いに明るみに出て、それぞれ
の陣営がガタガタしたのです。ヒラリー陣営での問題はお粗末でした。選対の顧問を
務めていたジェラルディン・フェラーロ女史が「(オバマは)白人男性や女性だった
らここまでは来なかっただろう」とやってしまったのです。フェラーロ女史といえ
ば、本選で敗退したとはいえ、1984年の大統領選でモンデール候補(後の駐日大
使)と組んで史上初の女性副大統領候補にもなった大物政治家ですが、この失言のた
めにあっけなく顧問の辞任に追い込まれました。
トラブルとして面倒なことになっていたのはオバマの方です。オバマがシカゴ郊外
で地盤を固めて行く中で世話になったジェレミー・ライトという有名な黒人教会の牧
師について、その「過激反米発言」が徐々に明るみに出される中で、「オバマはこん
な人間と同類なのか」とういうような非難が日増しに強まっていたからです。このラ
イト牧師は、一万人以上の信者を集める黒人メガチャーチの元指導者で、典型的な反
人種差別のリベラルという枠組みから外れる人ではないのですが、ここへ来て「ユー
チューブ」などでその「過激発言」がグルグル回覧される中、ABCテレビが執拗に
取り上げたり、保守派のFMトークショーで問題視されたりしていたのです。
このライト牧師の言動ですが、確かに過激な内容が含まれているのは事実です。例
えば、黒人解放のためには暴力も辞さないという姿勢を取った伝説の指導者マルコ
ムXの流れを組むルイス・ファルカン師と一緒に、リビアやレバノンを訪問したと
か、セプテンバー・イレブンスのテロに際して「アメリカが世界へ向けて行ってきた
暴力の報いだ」と述べるなど、なかなか筋金が入った感じです。勿論、60年代から
70年代の激しい時代の記憶のある人には、それほど驚くことはないと思うのです
が、右派だけでなく、こうした言動にふだん接することのない最近の若い世代からは
「アメリカ人のくせに反米的」だとか「黒人の憎悪を強調しすぎて白人との分断を招
くだけ」という反応が出ていたのです。
この辺りに、今回のオバマのキャンペーンの一つの難しさが隠されています。オバ
マ自身は「人種の統合」であるとか「未来へ向けての和解」というメッセージなど
「新しさ」を売り物にしています。ですが、世代的なものを含めて、オバマの思想の
源流にはどうしても60年代から70年代のラジカリズムの痕跡があるのです。例え
ば、ミッシェル夫人が「私は大人になって以降、今回初めて(黒人である夫が本格候
補に認知されたことで)アメリカに誇りを持てた」と言って、右派からほとんど非国
民呼ばわりされたことがありましたが、これも左右対立と言うよりも世代間のギャッ
プ、つまりミシェルの「怒れる黒人」的な「ノリ」に「古さ」を感じさせるものが
あったために非難がそこへ集中したとも言えるでしょう。
オバマ自身に関しても、自伝の中で述べているように「自分のアイデンティティは
何であるか」に迷って荒れた青春時代を送ったという中で、60年代から70年代の
リベラルなカルチャーの影響を受けているのは明らかです。オバマの場合、ここまで
の選挙戦で「右か左か」という政策のポジションに関しては支持者だけでなく、全米
の「ニュース・ウォッチング・マニア」の間に十分に浸透を図ることができたように
思います。単純に言えば、イラクに関しては反戦+即時撤退論、福祉に関しては中く
らいの政府ということで、この位置決めに関しては認知を受けていると言って良いで
しょう。ただ、もう一つの、そして最大の売り物である「メッセージの新しさ」の中
に「古さ」が混じっているとなると、これは問題です。
今回のオバマに突きつけられた中傷は、一見すると「オバマが左寄りすぎる」とか
「黒人の代表であって、白人への敵意を持っているのでは?」という白人保守派から
の「懸念」にように見えます。勿論そうした側面もあります。ですが、オバマの選挙
戦略の全体から見れば「オバマという『新しさ』の中に『古さ』が見えてしまう」と
いう意味で明らかな危機だったというわけです。その意味で、18日の火曜日にフィ
ラデルフィアで行ったオバマの「人種問題に関するスピーチ」は、ダメージコントロ
ールとして完璧な対応だったと言えます。
内容的には、自伝などで言っていたことの延長でしたが、自分で推敲を重ねたとい
うだけあって、演説として見事なものでした。「ライト師は自分にとっては家族同様
の存在だった」とハッキリ認めながら、「しかし彼の意見には賛同できない。特に人
種の分断を招く内容には私は反対だ」とバッサリ切り捨てるところは切り捨て、その
上で「だが彼の生きていた時代は、人種隔離というのが現実だった時代だった。その
意味で、彼の言動は60年代の反映だとして理解するのが正当だ」ということで、突
き放しつつ擁護もしています。
この演説は全米でかなり注目されていましたから、TVのニュースではさんざん取
り上げられたのですが、短く引用する場合にはこうした「ライト発言への対策コメン
ト」よりも、オバマの十八番の部分、つまり「ケニア人の父を持ち、白人のシングル
マザーによって育てられた自分にこうしたチャンスを与えてくれる国は、アメリカだ
けだ」であるとか、「(妻の)ミシェルは奴隷の子孫でもあり、同時に奴隷の所有者
の子孫でもある(実際にチェイニー副大統領の遠縁に当たるのだそうです)」という
部分が何度も何度も放映され、改めてオバマの弁舌の説得力をアピールした格好に
なっています。事前の解説では、ライト牧師を庇ってもダメ、突き放ちすぎても変節
漢ということになるとして、オバマ最大の危機か、などという言われ方もしていたの
ですが、結果的には予想以上の名演説になったというのが、おおかたの見方です。
こうした人種問題に関しては、相当に辛口のパット・ブキャナン(超保守派の元共
和党大統領候補)なども、事前には「人種問題はいつかオバマの命取りになると思っ
ていたんですよ」などと言っていたのですが、演説の直後には「大したものだ。素晴
らしいスピーチと認めざるを得ないですね」とMSNBCで語っていました。筋金入
りの保守であり、ニクソン、フォード、レーガンの三代の大統領にスピーチライター
として仕えたブキャナンが認めたというのですから、名演説だったというのは間違い
ないでしょう。
ところで、この間、民主党の政治家としては、ニューヨーク州のスピッツァー知事
の買春スキャンダルがメディアでは大きな騒ぎになっていました。強大な権力を誇っ
た知事も、この問題であえなく辞任に追い込まれましたが、特にスキャンダルの内容
自体が、ワシントンの高級買春クラブに引っかかって若い女性に入れ込んだ挙げ句、
多額のカネを支払っていただけでなく、支払いの事実を隠蔽しようとマネー・ロンダ
リング(資金洗浄)的な行為にも手を染めていたらしいというのですから、お粗末き
わまりない事件でした。
このスピッツアー辞任騒動は、民主党にとっては勿論大事件ですが、ではヒラリー
やオバマにとってダメージかというとそうでもないのです。例えば、ヒラリーに取っ
ては「男は不倫するかもしれないし、実際に自分は夫に不倫されて大変だったがそれ
を乗り越えた」という「伝説」を持っているわけで、同じ民主党の知事がスキャンダ
ルを起こしても平気だというわけです。それ以上に、ヒラリーにとってスピッツァー
というのはある種、切り捨てても良い存在だったという見方ができます。
というのは、スピッツァーが知事に当選した2006年11月の選挙はNY州に
取っては上院議員とのダブル選挙で、その際にヒラリーは二期目へ向けて圧勝してい
ます。いわば両者は政治的盟友だったのですが、ここへ来てすきま風が吹いていまし
た。問題は「不法移民への運転免許交付」という政策をめぐるものでした。ダブル選
挙の際には、スピッツァーもヒラリーも「免許証を与えるべき」という公約を掲げて
当選しています。理由は簡単で、それが民主党の掲げる天賦人権のイデオロギーに忠
実だからです。特にスピッツァーの場合は、長期政権だった共和党の前職パタキ知事
との差別化を図る上でも、重要な公約でした。
ですが、その後、大統領選に立候補して選挙戦が進む中で、ヒラリーはこの「不法
移民への免許証交付」という公約を取り下げたのです。理由はこれも簡単で、中西部
の中間層を取り込みたいからでした。人権がアピールする東北部では通用しても、他
人の人権より自分の安全を中心の発想法が支配する中西部では、強くこの政策を掲げ
ていてはダメだという政治的判断でした。このヒラリーの変節と前後して、全国レベ
ルの世論やメディアの空気として「多くの不法移民を抱えるNY州が免許証交付を進
めると、NY州が不法移民天国になって全国レベルの治安が悪化する」という声が
広まったのです。
スピッツァーは、ヒラリーにも、そうした世論にも屈しないよう頑張ったのです
が、最後には交付の断念に追い込まれています。この前後の経緯については、ヒラリ
ーとしては右派から「変節」を攻撃される中で、「変節」前の盟友で今は自分の政治
的お荷物となったスピッツァーの存在が邪魔だったに違いありません。ですから、今
回の失脚劇に関しては、ヒラリーは痛くもかゆくもないどころか、喜んでいるかもし
れないのです。この対立劇が示すものは、ヒラリー自身も「古いリベラル」では本選
に勝てないという意識を持っているということに気づいているということだと思いま
す。
勿論、政策として「不法移民への免許証交付」というのは、治安の向上に寄与する
という声もあります。例えば、既に免許の交付を実施しているニュー・メキシコ州の
リチャードソン知事などは積極推進派ですし、この一件のせいかどうか分かりません
が、長年クリントン一家の政治的盟友であったにも関わらず、特別代議員としてオバ
マ支持に回ると宣言しています。というのも、オバマは交付に賛成で一貫しているか
らです。
このあたりは、ちょっと一筋縄ではいかないところがあるのですが、ヒラリーの場
合は「治安と軍事に強い」というイメージを作り上げて「911以前ののんきな政治
家ではない」という売り込み方をしています。そのヒラリーが「不法移民への免許証
交付に反対」というのは筋が通るだけでなく、時間感覚として「新しい」印象を与え
るのです。逆にオバマの場合は、壮麗なレトリックに彩られた「統合による未来への
希望」を掲げていますから、そのイデオロギーと整合性を取った形として「不法移民
にも免許証を」とやっても、それは「古さ」ではなく「新しさ」として受け取られる
のです。
その意味で、ヒラリーはスピッツァーを切り捨てることで、そしてオバマはライト
師を切り捨てることで「自分は過去から決別している」というイメージを出そうとし
ているわけです。勿論、こうした動きを「右か左か」という軸で説明しても良いので
すが、政治的には「右だからダメ」とか「左だから」という言い方では、硬直したイ
デオロギー対立になってしまうこともありますし、中道票獲得合戦としては説得力に
欠けることもあって「新しさ」か「古さ」かというイメージが大事になってくるので
す。
では、保守の間にはどのような「新しさ」があるのでしょうか。政治的にはちょっ
と分からないところがあります。例えばハッカビーの(内容はともかく)一字一句ま
で明瞭なレトリックの(英語の発音もそうですが)切れ味には漠然とした「新しさ」
がありました。ですが、そのハッカビーは「4年後」を期して政治の表舞台からは
去っています。ではマケインはどうでしょう。捕虜への拷問に反対したり、社会価値
観論争で右派を相手に譲らなかったりというのは、良い意味での中道主義ではあって
も、新しさということにはなりません。また今回、開戦5周年にあたってイラクを電
撃訪問してブッシュの政策を改めて追認しましたが、同じ日にブッシュの支持率が3
1%まで下がったことが報じられると、ニュースとしては色あせた感じになっていま
す。
では、保守陣営はこのまま古さの中に埋没してしまうのでしょうか。どうもそうで
はないようです。では、保守がどのような「新しさ」を志向しているのか、それを考
える映画が日本で公開され、アメリカでは今週DVDが発売になっていますので、そ
のお話をしましょう。『エンチャンテッド(邦題は「魔法にかけられて」)』という
「バリバリの」ディズニー映画です。ディズニーは、時代の趨勢もあって、セル画に
よる「勧善懲悪、お涙頂戴」のアニメはもう作るのを止めると宣言しており、ここの
ところは何と言っても『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズであるとか、ピク
サー社の製作する家族連れ向けのCGアニメ(アドベンチャーものが多い)と、保守
本流とでも言うべき「スポーツ感動大作」などを作っていました。
勿論、女の子のいる家庭向けの映画も忘れておらず「ふたりのロッテ」のリメイク
『ペアレント・トラップ(邦題は「ファミリー・ゲーム/双子の天使」)』であると
か、アン・ハサウェイを大スターにした『プリンセス・ダイヤリー(邦題は「プリ
ティ・プリンセス」)』のシリーズとかを出してはいました。ですが、往年の『白雪
姫』や『リトル・マーメイド』のような少女向けの「お化けヒット」には恵まれては
いなかったのです。そこへ飛び出したのが、この『エンチャンテッド』でした。
結果的に「お嬢ちゃま向け映画」としては記録的な125ミリオンのメガヒットに
なったこの作品は、(すみません、以降はかなりネタバレになるので、ご覧になる予
定のある方は映画を見てからお読み下さい)男親一人に育てられている、ちょっと孤
独な(そして決して美人でもない)少女と、おとぎ話の世界から表れた「プリンセス
・ジゼル」の友情の物語だと言って良いでしょう。おとぎの国からやってきたお姫様
がNYの街に出現するという、荒唐無稽な物語がどうして大勢の親子に支持されたか
(特に女の子を持つ父親たちの支持が高かったそうです)というと、そこには「ディ
ズニー・マジック」というべき仕掛けの数々があるからです。
まず、この映画全体が『シュレック』のパロディーになっているのです。『シュ
レック』はアメリカの国民的ヒット映画シリーズですから、誰でも見ており、そのパ
ロディーだというのは一目瞭然なのですが、大事なのは『シュレック』というアニメ
が、そもそも伝統的な勧善懲悪ディズニーアニメに対する強烈なパロディーだったと
いうことです。つまり、『エンチャンテッド』が『シュレック』のパロディーだとい
うことは、ディズニー自身の古典的アニメの「パロディーのパロディー」だという複
雑なことになるのです。
冒頭いきなりディズニーのロゴにある「シンデレラ城」の2Dのイラストが3Dに
なって、そのまま観客はシンデレラ城の世界に引き込まれます。そこは完全なセル画
(もちろんデジタルも相当使っていると思いますが)の2Dの世界で、それだけでな
く『白雪姫』に出てくるような王国、そしてそこには絵に描いたような(勿論2Dの
セル画風アニメですから絵そのものですが)おとぎ話の世界が現出します。そして、
登場するのは、お姫様と、そのお姫様に恋をした王子様、そしてその邪悪な継母・・
・とにかく、すごいのはこの「蝶よ花よ」という2Dのアニメが『シュレック』(緑
色のモンスターが善玉という設定)へのアンチになっているばかりか、その過剰さが
過去のディズニーアニメの強烈なパロディーになっているという仕掛けです。
この部分だけで十分に製作者たちの気迫が伝わってくるのですが、それというのも
『シュレック』シリーズを作っている「ドリームワークス・アニメ」という制作プロ
ダクションは、ディズニーを追われたジェフリー・カッツェンバーグという辣腕プロ
デューサーがスピルバーグたちと立ち上げたものです。その「ドリームワークス」に
ディズニーは、ずいぶんマーケットシェアを奪われていました。それもこれも、ドリ
ームワークスは『シュレック』に代表されるように、ディズニーの作品が持っていた
単純な善悪に二元論による勧善懲悪や、白人の美男美女が主人公といった保守性を嘲
笑するかのような、リベラル的な表現のパワーを持っていたからです。
ですが、この『エンチャンテッド』は、徹頭徹尾その『シュレック』のパロディー
に徹することで「新しさ」を表現するためには別にリベラルなカルチャーである必要
はないことを証明してしまいました。まず、爆笑モノなのが、ニューヨークが「この
世の苦悩の詰まった地獄のような場所」だとされていることで、おとぎ話の世界から
落ちてきた主人公たちはいきなりタイムズスクエア脇にあるマンホールから飛び出し
てくるのです。このあたりは映画『ジョン・マルコビッチの穴』のパロディーです
が、それはともかく、田舎から出てきた無垢な人々にはニューヨークが人情も何もな
い地獄のような場所だというのは、都市のカルチャーに対する強烈な皮肉だと言えま
す。
人種に関しても、かなり仕掛けがされています。主人公たちは白人の美男美女ばか
り、そこには黒人もアジア系も出てきません。それで何が悪い、という居直りすら感
じます。また、主人公の恋敵の女性にはユダヤ系と思われるブルネットの女性、また
主人公は離婚弁護士という商売をやっているのですが、その顧客として離婚調停中の
イヤなカップルは黒人というように、決して良い役ではない部分にマイノリティーを
持ってきています。実はお話が進むにつれて、彼等には彼等なりにハッピーなエン
ディングが用意されているので、観客は人種の扱いに関して特に悪感情は持たないで
しょう、ですが明らかに白人優越という作りになっています。
主役の「お姫様」にはエイミー・アダムスという34歳のベテラン女優を起用して
いますが、このアダムスの壮絶な演技と言いますか、一種の「怪演」もこの映画の成
功要因の一つでしょう。アダムスの「おとぎ話風」の喋り方、そして恋愛のことを考
えると自然に歌になってしまうというあたりは、それぞれが「おとぎ話」と「ミュー
ジカル」のパロディーになっているのですが、若手の女優にやらせたら面白くもおか
しくもない演技が、アダムスの手にかかると自分自身のパロディー、ディズニー映画
でありながら過去のディズニー文化を笑い飛ばしている重層的なパロディーに化けて
いるから不思議です。
ちなみに「恋愛のことを考えると歌になってしまう」という超能力(?)は、やが
てこの「お姫様」が複雑な人間の感情を理解し始めると消えてしまうのです。「おと
ぎ話」の世界から人間くさい世界に移行するにつれて超能力がなくなるというあたり
は、映画『プレザントビル(邦題は「カラー・オブ・ハート」)』のパロディーだと
思います。『プレザントビル』の場合は禁欲的な人々は白黒だったのが人間的な感情
が芽生えると色がつくという処理だったので、それとは方向性が逆のような感じもし
ますが、演出としては興味深い処理になっています。
映画の中で、この「お姫様」が芋虫やゴキブリたちを従わせて部屋の掃除をすると
いうシーンがあります。この「散らかった部屋の掃除」ということ自体が『メアリー
・ポピンズ』のパロディーだということも大事ですが、どうして「お姫様」が気味の
悪い虫たちを「愛でて」いるのかというと、これも『シュレック』に対するパロディ
ーなのです。『シュレック』は怪物であって、気味の悪い虫を食べるのが大好きなの
です。その『シュレック』に対抗するには、気味の悪い虫が苦手なお姫様ではダメ
で、虫たちを手なずけるような存在が必要だったのでしょう。そこにはディズニーと
して今でも提携関係にある、宮崎駿作品へのオマージュも含まれていると思います。
また女性のドラゴンが出てくるのも『シュレック』と全く同じで、『シュレック』の
場合は怖そうなのに実は優しいのですが、この映画でのドラゴンは邪悪そのものとい
う風に裏返しになっています。
とにかく、この作品は細部の演出から、最後の余りにも強引なエンディングに至る
まで全てがパロディーなのです。それも、ディズニーがライバルであるドリームワー
クスの文化だけでなく、ディズニー文化自身も笑い飛ばしてしまう、そんなパワーを
見せつけた怪作と言えるでしょう。2007年から8年にかけての現在の「保守カル
チャー」はそこまで「新しさ」を獲得しているのです。同じようなカルチャーは、同
時期にヒットしてアカデミー賞の作品賞候補の栄誉まで獲得した、十代の少女が妊娠
してしまう青春ドラマ『ジュノ』にも見られます。
童顔の16歳の女子高生が妊娠してしまう、仮に青春映画のストーリーを描くとし
て、最初のセッティングがそうだったとしたら、どんな展開になるでしょうか。古典
的なリベラルのカルチャーだったら、苦悩の結果中絶に走るか、あるいは中絶がイヤ
なら産んでシングルマザーとして苦労する・・・そんな中、親は激怒するばかりで、
その親や保守的なコミュニティに背を向けて少女は戦い大人になる・・・そんなスト
ーリー展開になりそうです。(以降もこの映画のネタバレになります。ご容赦下さ
い)ところが、この『ジュノ』の展開はそうした予想を全て裏切ってくるのです。
まず親は全く怒りません。淡々とではありますが、妊娠してしまった少女を支援す
るのです。また少女は最終的に中絶も、シングルマザーの道も選びません。子供を里
子に出す制度を利用するのです。中絶については一度は考えるのですが、その中絶医
の人々が事務的でイヤな印象だったのと、中絶医の前にプラカードを持って「中絶反
対」を唱えていた中国系のクラスメイトの一言が気になって産む決心をするというエ
ピソードもあります。
ロック音楽を愛して、実に「エッジの利いた」若者言葉をポンポンと口にする主人
公は実に魅力的で、このジュノの役を演じたエレン・ペイジは一夜にして大スターに
なってしまいました。その主人公のキャラクター、そして何とも自由な若者たちの雰
囲気からするとこの映画はリベラルな青春映画カルチャーそのもののように見えま
す。ですが、違うのです。この作品も「時代の最前線としての保守」カルチャーなの
です。何ともさりげなくではありますが、中絶反対のメッセージを織り込んでいるこ
と、親子の世代間闘争という思想を否定していることがその証拠です。そして、観客
の多くが十代であると思いますが、そうした層に対して「戦って立派な大人になれ」
とは一言も言わないで、その代わり「色々大変なトラブルを抱えることもあるだろう
けど、でも大丈夫」という癒しのメッセージを発信している、これも最新の保守、と
りわけ福音派教会のマーケティングそのものだと言えます。
勿論、こうした「保守メッセージ」は映画の表面的なストーリーからは巧妙に隠さ
れています。ですが、『エンチャンテッド』を観た人は、少し前にNYで共和党大会
が開催されたときに、草の根保守を嫌うNYっ子たちが「お前たちはカンザスへ帰
れ」と言って共和党大会への反対デモを行った、そんな光景に次に出会ったら映画の
ことを思い浮かべながら反発を覚えるのではないでしょうか。『ジュノ』の場合は
もっと具体的で、この映画の影響によって(勿論それは悪いことではないのですが)
軽はずみな性行為や中絶に対して十代の少年少女たちが躊躇するようになるという教
育効果はかなりあるように思います。
2007年の公開作品の中で、特に少女や十代といった若い女性を意識した作品の
中に「最新の保守思想」が紛れ込んでいるというのは、非常に興味深いことです。そ
の背景にはリベラルがどこかで60年代や70年代といった「過去の栄光」に頼る古
さを持っているということもありますし、福音派が主導する最近の保守カルチャーが
一つの大きな文化現象になってきたということもあるでしょう。ただ、大事なのはこ
うした保守カルチャーが、リベラルよりも新しく見えるところにあります。その辺り
の思想の時間軸という問題が、大統領選での論戦とも重なって来る、そこに2008
年のアメリカの現在があるように思います。
では、そうした「新しい保守カルチャー」に染まった地方の若い人々の心をとらえ
られるのは、誰なのでしょう。オバマではないでしょう。マケインもダメそうです。
私はこうした「都市でなく地方、知的ではなく庶民的、福音派の影響で中絶反対、リ
ベラル文化には権威性と古さを感じる」というような層に対して、最も食い込んでい
けるのはヒラリーではないかと見ています。映画『エンチャンテッド』の中で、邪悪
な女王役でスーザン・サランドンがこれまた怪演を見せていますが、サランドンとい
えばハリウッドきってのリベラル派女優で有名です。そのサランドンが、自分の信念
は信念として、こうした保守カルチャー満載の作品にもしっかり顔を出してくる、そ
の「したたかさ」は私にはどうしてもヒラリーと重なって見えるのです。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
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JMM [Japan Mail Media] No.471 Saturday Edition
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Tags : 米国大統領選 |
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すいません。冷泉さんが「紙一重でブッシュ負け」と票読みされたのは、森田の記憶違いで「再選」の時のことです。なぜなら、考えてみると冷泉さんのメールマガジンは9・11の後にはじまったもので、創刊前である「初当選」の時のものを森田が読んでいるわけがないからです。失礼しました。
森田敬一郎 さん、
わざわざ出向いてコメント下さりありがとうございます。日本は桜がきれいだそうですね。うらやましいです。カナダはまだ雪世界なので。今日はだいぶ雪もとけてきましたが・・・。
森田さんも冷泉氏のファンというか、盟友のような感じなのですね。私は森田さんほど前からは読んでいないので、ブッシュの初当選前夜のことまでは知らなかったのですが、結果に触れなかったというのは、よほどショックだったのでしょうね。だから、今回の米大統領選に懸ける彼の意気込みにはものすごいものがあるのですね。
おのまさん、
おのまさんのおっしゃられる意見もごもっともだと思います。大統領選というのは、毎日のように有利な側が変わっていて、今日は、ヒラリーが経歴をごまかしていたというニュースがテレビで放映されていましたね。
本当にこの二人はどっちが勝つのか、想像するのが難しい状態に入ったと思います。
わざわざ出向いてコメント下さりありがとうございます。日本は桜がきれいだそうですね。うらやましいです。カナダはまだ雪世界なので。今日はだいぶ雪もとけてきましたが・・・。
森田さんも冷泉氏のファンというか、盟友のような感じなのですね。私は森田さんほど前からは読んでいないので、ブッシュの初当選前夜のことまでは知らなかったのですが、結果に触れなかったというのは、よほどショックだったのでしょうね。だから、今回の米大統領選に懸ける彼の意気込みにはものすごいものがあるのですね。
おのまさん、
おのまさんのおっしゃられる意見もごもっともだと思います。大統領選というのは、毎日のように有利な側が変わっていて、今日は、ヒラリーが経歴をごまかしていたというニュースがテレビで放映されていましたね。
本当にこの二人はどっちが勝つのか、想像するのが難しい状態に入ったと思います。
舌たらずで誤解を与えました。「オバマに関する記述が少なく・・・」はアイオワコーカス以前のことを頭にいれていました。
ただし、これまで読んできた冷泉氏のレポから感じることですが、ひとつの事象について多弁に過ぎるため、さまざまな情報を手早く、簡潔に分析できないことがあります。テキサスコーカスにについておそらくフォローしていなかったというのも、そういう癖(へき)からきたのではないかと見ています。
ライト牧師の件は次のようなことから「致命傷」にはならないと思います:
①ライトの説教の激しさは知らない人にはショッキングだが、ああいう調子の説教はテレビでしょっちゅう流れているのでたいがいのアメリカ人には免疫
②人種差別、反米だと非難している層も内心ではもったもなことを言っているワイと思っている
③本件はファラロ女史の人種差別発言をうすめるため、クリントンvオバマ引き分けにするためのカウンター
④ナフタの件とおなじく、オバマ自身の言ったことではなく、オバマがライトの説教を支持しないと言明している
とりいそぎ・・
ただし、これまで読んできた冷泉氏のレポから感じることですが、ひとつの事象について多弁に過ぎるため、さまざまな情報を手早く、簡潔に分析できないことがあります。テキサスコーカスにについておそらくフォローしていなかったというのも、そういう癖(へき)からきたのではないかと見ています。
ライト牧師の件は次のようなことから「致命傷」にはならないと思います:
①ライトの説教の激しさは知らない人にはショッキングだが、ああいう調子の説教はテレビでしょっちゅう流れているのでたいがいのアメリカ人には免疫
②人種差別、反米だと非難している層も内心ではもったもなことを言っているワイと思っている
③本件はファラロ女史の人種差別発言をうすめるため、クリントンvオバマ引き分けにするためのカウンター
④ナフタの件とおなじく、オバマ自身の言ったことではなく、オバマがライトの説教を支持しないと言明している
とりいそぎ・・
おのまさん、
こんにちは。いつもコメントありがとうございます。
冷泉氏のレポートにオバマ情報が少ないということですが、そうでしょうか。今回のレポートもかなり詳細にオバマ氏について書かれているかと思いますし、オバマ氏が有利に転じた時点で、けっこうオバマ氏について書かれていたような気がしますが。
私は今回のオバマ氏の黒人教会の牧師の暴言騒ぎは、オバマ氏に致命傷を与えたのではないかと思っています。
しかしながら、おのまさんがおっしゃる通り、冷泉氏は、ヒラリーを支持しているのではないかということが文面から読み取れますね。
こんにちは。いつもコメントありがとうございます。
冷泉氏のレポートにオバマ情報が少ないということですが、そうでしょうか。今回のレポートもかなり詳細にオバマ氏について書かれているかと思いますし、オバマ氏が有利に転じた時点で、けっこうオバマ氏について書かれていたような気がしますが。
私は今回のオバマ氏の黒人教会の牧師の暴言騒ぎは、オバマ氏に致命傷を与えたのではないかと思っています。
しかしながら、おのまさんがおっしゃる通り、冷泉氏は、ヒラリーを支持しているのではないかということが文面から読み取れますね。
こんにちは。世田谷あたりは桜が咲き始めました。「桜の下にて春死なん」の旧暦如月の満月を少し過ぎたあたりです。マイナーなブログにトラックバックありがとうございます。
僕も冷泉さんのはずっと愛読しています。政治や選挙の分析に必要な要素を、金融や労組といったレベルから、MLBや子供の手を引いて学校に送る母親の心理までカバーし、いつも的確な分析を読ませてくれます。
ミニーさんは前から読まれてますか?ブッシュ初当選前夜、再選の前夜の冷泉さんの票読みは説得力があります。ただし、冷泉さんも森田と同様、ゴア候補、ケリー候補にどうしても勝ってもらわなければというお気持ちからか、結果を紙一重で外しています。これは悪口ではなく、なんていうか、勝手に友達のように思っているわけです。
僕も冷泉さんのはずっと愛読しています。政治や選挙の分析に必要な要素を、金融や労組といったレベルから、MLBや子供の手を引いて学校に送る母親の心理までカバーし、いつも的確な分析を読ませてくれます。
ミニーさんは前から読まれてますか?ブッシュ初当選前夜、再選の前夜の冷泉さんの票読みは説得力があります。ただし、冷泉さんも森田と同様、ゴア候補、ケリー候補にどうしても勝ってもらわなければというお気持ちからか、結果を紙一重で外しています。これは悪口ではなく、なんていうか、勝手に友達のように思っているわけです。
冷泉氏のレポートは以前から読んでいますが、予備選についてふたつコメントします:
①同氏は少なくともアイオワコーカス以前まではクリントンが優位だという考えをとっていたという印象でした。
オバマに関する記述が少なく、読んでいて片手おちとい言う感じ。その影響があるのかNHKなど日本のマスコミもクリントンよりの報道が多かった
②村上龍氏との対談でもいくつか偏った見方が述べられていますが、それはさておき、クリントンがテキサスで勝ったという前提で話しているのはいけません。
テキサスプライマリーで勝ち、テキサスコーカスで負け、総合でクリントンはオバマに負けています。
テキサスコーカスの結果発表がクリントンの横槍でもって遅らされたためこの事実を知らない人が多いので、同氏が知らないことにも同情の余地はありますが・・・
①同氏は少なくともアイオワコーカス以前まではクリントンが優位だという考えをとっていたという印象でした。
オバマに関する記述が少なく、読んでいて片手おちとい言う感じ。その影響があるのかNHKなど日本のマスコミもクリントンよりの報道が多かった
②村上龍氏との対談でもいくつか偏った見方が述べられていますが、それはさておき、クリントンがテキサスで勝ったという前提で話しているのはいけません。
テキサスプライマリーで勝ち、テキサスコーカスで負け、総合でクリントンはオバマに負けています。
テキサスコーカスの結果発表がクリントンの横槍でもって遅らされたためこの事実を知らない人が多いので、同氏が知らないことにも同情の余地はありますが・・・
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ここのところ猫や子供の写真が続いていますが、大統領予備選に関するニュース、論評の追っかけも毎日やっています。事実を曲げたり汚いコメントをみつけると叩いています
最近のトピックについて簡単に書いておきます
まくあいの余興のようなものです。読みながして...
2008/03/24(月) 01:21:54 | 木霊の宿る町
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2008/03/23(日) 23:37:17 | 現政権に「ノー」!!!
早いところヒラリーかオバマかはっきりしてくれないと、ますますマケイン候補が力を蓄えてしまう、そんな泥仕合状態の民主党予備選ですが、産経新聞東京本社編集局編集長の片山雅文氏は、ヒラリーが「ツキにも見放されてきた」と論じております。以下、片山ブログの今日のエ
2008/03/23(日) 16:59:21 | vanacoralの日記
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