2008.01.23 (Wed)
沖縄集団自決は軍の命令があったという新たな証言
そんな世界同時株安が、鳩山兄弟の兄弟げんかを招いたようだけど、鳩山邦夫法相って「私が40億損したら、兄も40億損している。『兄弟同時損害』」だなんてしゃべっちゃうなんて、本当に馬鹿か。「友達の友達はアルカイダ」発言にしても、どんな思考回路しているのか、頭をぶち割って見てみたいよ。民主党の鳩山由紀夫幹事長が怒るのも無理ないよね。それにしても、鳩山兄弟の母方のお祖父さまがブリヂストンの創業者、故石橋正二郎氏だったとは知らなかった。
で、今日ニュースを読んでいて気になったのが毎日の沖縄集団自決に関する新証言の記事。これは、1月13日の毎日の記事、「沖縄集団自決:防衛研が「命令なし」の見解 公開資料に」という記事とは全く反対の内容になっている。前にもこの件ではもめていて、教科書には集団自決を強制されたと書くことになったと思ったら、最後の最後に撤回されたのだった。 防衛省の防衛研究所は、南京事件にしても、集団自決にしても、慰安婦問題にしても、よほど、旧日本軍の悪を暴かれるのを恐れているようで、ひたすら隠滅しようとしている。なぜドイツのように過去の悪事を全て認めて謝罪できないのだろうか。だから、いつまでたっても国民は本当のことを知らずに、海外に行って恥をかくことになるんだ。

<沖縄集団自決 女性史家、新版で「軍命令あった」の新証言>(1月22日 毎日新聞)
第二次大戦時の沖縄・座間味(ざまみ)島の集団自決について、那覇市の女性史家、宮城晴美さん(58)が、「新版 母の遺(のこ)したもの」(高文研)を30日に出版する。
00年12月出版の前作「母の遺したもの」(同)は、宮城さんの母初枝さん(90年12月死亡)が生前に語っていた「集団自決を座間味村の助役が申し出るのを見た」との証言を掲載し、波紋を広げた。今回は前作をベースにしながら、助役が「軍の命令があった」旨の話をしていたとの新たな証言を追加し、助役の自発的な申し出を逆に否定的に見る内容になっている。
宮城さんによると、村助役の妹が昨年6月、宮城さんに「兄は『軍からの命令で、敵が上陸して来たら玉砕するように言われている』と言っていた」と証言した。前作時にも取材したが、当時は証言が得られなかったという。
さらに、助役の別の妹も「父が『もうどうにも生き延びられんのか』と言うと、兄は『軍から命令が来ているんですよ』と答えた」と証言したという昨年9月の沖縄タイムスの報道も盛り込んだ。
宮城さんは、これらの証言から「助役が集団自決を申し出た」時より前に、軍が助役に住民を自決させるよう命令していた可能性が高いと指摘する。
また、「住民が国の補償を得るために『軍命令』とする話を作った」という説にも反論。国が補償の調査を始めた1957年より前の55年に書かれた「地方自治七周年記念誌」(沖縄市町村長会)にあった「部隊長の命により、若い者は最後まで戦い、老人子供は玉砕するようにとのこと」との記述を収録した。
宮城さんは「住民は勝手に死んだのではない。軍の責任は問われるべきだと訴えたい」と話している。
2100円で、全国の書店で販売。問い合わせは高文研(03・3295・3415)。【三木幸治】
【ことば】座間味島集団自決 米軍は1945年3月下旬、慶良間列島に上陸。座間味島では171人の住民が集団自決した。05年8月、同島の当時の戦隊長らが「自決を命令したと書かれ、名誉を傷つけられた」と、岩波書店と「沖縄ノート」の著者、大江健三郎さんを提訴。根拠の一つに宮城さんの母初枝さんの証言を挙げた。昨年12月に結審した。防衛省の防衛研究所は、初枝さんの証言などを根拠に、所蔵資料に「戦隊長命令はなかった」との見解を添付。今月になって「不適切」と見解を削除した。
少し前に紹介した戦時中の沖縄の動画だけど、まさに、今日の話題にびったりなので、もう一度紹介したい。この動画では、沖縄に米軍がやってきて全てを破壊した様や、神風特攻隊の若者やそれを誇り気に送り出す沖縄県民の姿が痛々しすぎて、見るたびに涙がでてしまう。
Shimauta
この動画には強制で自決という言葉は一切出てこない。しかし、 『「集団自決」の状況(2002年12月)や「沖縄戦での住民集団死・集団自決と捕虜処刑」(2005)などの資料を読んでも私としては、この状況下で軍から強制されずに住民が自ら死んでいったとはどうしても思えないのである。
宮城晴美氏の「新版 母の遺(のこ)したもの」の出版によって、再び沖縄集団自決に光が当たり、軍の強制であったことが証明される手がかりになればいいのだが・・・・。
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【More・・・】
沖縄集団自決:防衛研が「命令なし」の見解 公開資料に防衛省の防衛研究所(東京都目黒区)が、第二次大戦時の沖縄・集団自決に関する資料に「集団自決は戦隊長命令でなかったことが証明されている」とする見解を付けていたことが分かった。資料は図書館で一般公開されており、専門家は「自決命令については事実が確定しておらず、読む者に予断を与える」と強く反発。同研究所は「不適切だった。削除したい」としているが、国の機関が一方的な見解を示していたことは、波紋を広げそうだ。
見解が付けられていたのは「集団自決の渡嘉敷(とかしき)戦(現地参戦者手記)」と「座間味(ざまみ)住民の集団自決(同)」。資料では、渡嘉敷島では海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長だった故赤松嘉次さん、座間味島では同第1戦隊長だった梅沢裕さんが「集団自決を命令した」と書かれている。
見解はこれを強く否定し「『日本軍側の旧悪を暴く』という風潮の中で事実とは全く異なるものが、あたかも真実であるがごとく書かれたものである」と指摘。さらに「宮城晴海著『母の遺したもの』(高文研2000・12)等から赤松大尉、梅沢大尉の自決に関する命令が出されていないことが証明されている」(原文のまま、正しくは「宮城晴美」)とし、「防衛研究所戦史部」と書かれている。作成日の記載はない。
同研究所図書館史料室の広瀬琢磨室長は「記載からみて、00年12月以降に添付されたと思われるが、経緯、日付とも不明」としたうえで「研究所戦史部は、資料保存のための価値判断が業務。事実関係の評価は不適切であり、削除したい。今後、資料のチェック体制も強化したい」と話している。
同研究所は、安全保障、戦史に関する調査研究などを実施する機関。図書館では開架式で誰でも利用でき、戦史関連資料約15万冊を一般公開している。【三木幸治】
◇政治的意図感じる
▽沖縄戦に詳しい林博史・関東学院大教授(戦争論、平和学)の話 戦隊長が自決命令を出したかどうかは、住民の証言が分かれており、事実は確定していない。国の機関が一般公開している資料に一方的な見解を添付するのは異常で、大きな問題だ。政治的意図すら感じる。
◇慎重さに欠ける
▽現代史家の秦郁彦さん(日本近現代史)の話 「戦隊長が命令を出していない」という内容は正しいと思うが、一般公開する資料に添付するには表現が強く、防衛研は慎重さに欠ける。また、記述者の名前も書くべきだった。削除されれば問題はないと思う。
◇国の機関としての業務を大きく逸脱
防衛省の防衛研究所が、第二次大戦下の沖縄・集団自決に関する資料に「戦隊長命令ではなかった」とする見解を付けて図書館で一般公開していた行為は、国の機関としての業務を大きく逸脱したものだ。史実が確定していない段階で一方的な意見を押しつけた形であり、防衛研は猛省を迫られるだろう。
米軍は1945年3月下旬、慶良間(けらま)列島に上陸。沖縄県の資料などによると、渡嘉敷(とかしき)島で329人、座間味(ざまみ)島で171人の住民が集団自決をした。
沖縄女性史家の宮城晴美さんは著書「母の遺したもの」で、母親が座間味島で「村の助役が集団自決を申し出るのを目撃した」とする証言を載せた。防衛研はこれを「見解」の根拠の一つとしているが、事実かどうかにはなお議論がある。
05年8月に座間味島の戦隊長、梅沢裕さんらが「自決を命令したと書かれ名誉を傷つけられた」として、岩波書店と「沖縄ノート」の著者、大江健三郎さんを提訴。一方、06年度の教科書検定で、文部科学省が「集団自決は旧日本軍の強制」との記述を削除するよう検定意見を付けたことに批判が高まり、昨年12月に「軍が集団自決へ関与した」との記述を認めた経緯もある。
こうした中で「見解」を付けた防衛研の問題としては(1)「命令」について新たな証拠も提示せず、偏った意見を付けた(2)資料を幅広く提供する公共の図書館で解釈を押しつけた(3)見解を添付した後に資料のチェックをしていなかった--などが挙げられる。
防衛研はこれまで、旧日本軍に関する戦史資料を幅広く集め、図書館で公開してきた。利用者に予断を持たせないという当たり前の視点を、今一度確認する必要がある。【三木幸治】
毎日新聞 2008年1月13日 2時30分
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世論で「鬼畜米英」が心底から信じられていた時代ですよ?
米軍がいくら出て来いと呼びかけても誰も信じなかったとの証言がありますが、どうやれば助かったんですか?
自分で判断して自決しちゃった方々ですよ?まさか自分で判断して出て行けば助かったとかいわないですよね?
戦争をするのがいけない?
それは現在の理論です。WWⅡの時代に「戦争はいけない。平和に話し合おう」と言っていた国が何をできました?
あれも軍による強制なのでしょうか?映像には軍など映ってませんが。
沖縄戦で住民の何分の一が死んで、兵隊の何割が沖縄出身で、米軍が住民を皆殺しにしていて
連日弾を浴び、外にでかければ飛行機でハンティングされ、そんな素敵な世界で降伏すれば生きていられるとか婦女子が無傷で済むとかそんな非常識的な考えが浮かぶなんて素敵ですよね。
知ってますか?日本が降伏後に神奈川県だけで米軍によるレイプが何千件あったのか。
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ガマの話では、沖縄島への最初の米軍上陸地点であった読谷村のチビチリガマに非難していた住民約140名中83名が「集団強制死」で命を失い、6割は18才以下だったから凄惨だよね。その2~3キロしか離れていないシヌクガマに非難した約1000人は、二人のハワイ移民帰りの老人がいて米軍と中には民間人しかいないと交渉し、避難住民には捕虜になっても殺されることはないと説得し、結果的に全員生還できたのはほんとうに奇跡のような出来事だったと思う。
二度と戦争を起こさないようにするためには、どうしなければいけないのかを、歴史から学び一生懸命考えなければね。