このところ納得できない判決が多過ぎないか?
学期末試験の準備で忙しかったから、このところブログの更新ができなかったんだけど、それにもかかわらずいつも訪問してくださったみなさまには心から「ありがとう!」と言いたい。
カナダもやっと春らしいお天気になってきて、青い空に鳥の鳴き声が響き渡る季節がやってきた。そんな気候とは反対に、このところ納得できない裁判の判決が多すぎて心の中は悶々としている。
あの「世にもおぞましい栃木リンチ殺人事件」では、県に約9600万円の賠償を命じた1審・宇都宮地裁判決(2006年4月)から一転して、東京高裁では1100万円の賠償へと大幅に減額(毎日新聞)された。その記事によれば、賠償額が減額されたのは、富越和厚(かずひろ)裁判長が、県警の捜査ミスは認めたものの「殺害を阻止できたとまでは認められず、救命の可能性は3割程度」と判断したためで、これは、ミスと死亡との直接の因果関係を認めた1審の判決とは大きな隔たりがある。
どうやって計算したら、救命の可能性は3割程度となるのだろうか。リンチでやけどを負った須藤さんが映った銀行の防犯カメラの存在を知ったのが殺害される7日前で、この時点で警察が適切な対応を取る義務を怠っていなかったら、須藤さんの命は100%救えたに違いない。警察の過失を認めながら、救命の可能性がたったの3割としたこの判決は絶対におかしいと思う。
さらにこの判決が狂っているのは、
という点。加害者と行動を共にしていることを知っていたら、なおさら、救命される確率は高かっただろうに。この事件の背景には日産自動車(株)があり、日産コンツェルンの創始者、鮎川義介は岸信介の叔父にあたるため、日産と安倍晋三とは深い関係がある。私個人としては、だから、今回の被害者に対して非情な判決には安倍の圧力などもあるのではないかと疑っている。弱い市民を痛めつけ、総理と関係のある大企業を守るこの東京高裁の判決に憤りを感じるのは私だけではないであろう。
そして、読売新聞の3月27日の「石原知事『ババァ発言』訴訟、再び女性の訴え棄却」と言う記事を読んでも全く納得できなかった。この単純な読売の記事からだけでは、なぜ高野伸裁判長が「知事の職務としての発言で、知事個人は責任を負わない」と請求を棄却したのか全く理解できないが、石原が個人としては責任を負わないというのであれば、知事として責任を負うべきではないのだろうか。その場合、女性達が知事の発言として訴え、石原が敗訴すれば、東京都が賠償金を支払うことになる。つまり、都民の税金から払われるのだ。都知事の暴言の罪を償うために都民の税金が払われるとしたら、いくら石原のババァ発言に憤りを感じていたこの女性たちだって訴えるのをやめてしまうだろう。それにしても、いくら知事としてインタビューを受けた時の発言だとしても、なぜ、この発言が個人の発言ではなくて知事としての発言になるのかさっぱりわからない。
さらに、読んで不快になったのが、「きっこ」ブログのすごい中身 石原都知事側「事実無根」と激怒というj-CASTの記事。これを書いた記者はわざわざご丁寧にも「きっこのブログ」の記事を石原事務所に電話で知らせたあげく、許可なく「きっこのブログ」の記事を引用して著作権法にも違反するこんな悪意に満ちた記事を書いているため、このJ-CASTの記事は削除されるようJ-CASTにリクエストしておいた。きっこちゃんは真実を書いただけであり、これは石原の中傷なんかじゃない。「石原都知事側「事実無根」と激怒」というのもおおげさに書かれているような気がする。激怒は突然電話をしてきたこの無礼な記者に向かったものではないのだろうか。ちなみに、石原慎太郎と朝鮮人コンプレックスについては下記のサイトにも書かれている。
石原慎太郎と朝鮮人コンプレックス(7)
石原慎太郎と朝鮮人コンプレックス
又、きっこちゃんはせっかく心の底からしびれるような記事を書いたのに削除しちゃったんだけど、選挙中はインターネットで立候補者について書いてはいけないなんてどこに書いてあるの?公職選挙法に目を通してみたけど、どこにもブログで選挙の候補者について書いてはいけないなんて書いてなかったよ。もし、これが本当だったとしたら、言論の自由を奪う規制であり、そんな法律があるのは、世界中でも日本だけだと思う。選挙中だからこそ、候補者について国民が議論をかわしながら、より良い社会をつくっていくのが真のの民主主義国家じゃないだろうか。それを閣僚の汚職や暴言や官僚の天下りは簡単に許すけど、国民が選挙中に候補者についてブログで語ってはいけないなんて、それこそ政府に都合よく支配されている北朝鮮も真っ青な国になっちゃうよね。
公職選挙法にしたって、こんなもの最初から最後まで全ての国民が読めるとでも思ってるのか?長すぎるし、同じようなことが何度もくどくどと繰り返されているだけ。今のネット時代に相応なものに書き換えないと国民を混乱させるだけだ。教育改悪や憲法改悪する前に公職選挙法を改善しろよ!と言いたい。
関連記事:
『4つの目で世の中を考える』「栃木リンチ殺人 犯人の狂気もさることながら警察、日産自の信じ難い対応」
『kisatonomori blog』「栃木リンチ殺人控訴審判決 どうか納得できる裁判を」
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カナダもやっと春らしいお天気になってきて、青い空に鳥の鳴き声が響き渡る季節がやってきた。そんな気候とは反対に、このところ納得できない裁判の判決が多すぎて心の中は悶々としている。
あの「世にもおぞましい栃木リンチ殺人事件」では、県に約9600万円の賠償を命じた1審・宇都宮地裁判決(2006年4月)から一転して、東京高裁では1100万円の賠償へと大幅に減額(毎日新聞)された。その記事によれば、賠償額が減額されたのは、富越和厚(かずひろ)裁判長が、県警の捜査ミスは認めたものの「殺害を阻止できたとまでは認められず、救命の可能性は3割程度」と判断したためで、これは、ミスと死亡との直接の因果関係を認めた1審の判決とは大きな隔たりがある。
どうやって計算したら、救命の可能性は3割程度となるのだろうか。リンチでやけどを負った須藤さんが映った銀行の防犯カメラの存在を知ったのが殺害される7日前で、この時点で警察が適切な対応を取る義務を怠っていなかったら、須藤さんの命は100%救えたに違いない。警察の過失を認めながら、救命の可能性がたったの3割としたこの判決は絶対におかしいと思う。
さらにこの判決が狂っているのは、
「加害者と行動を共にし、グループの一員だと誤認させた」と須藤さんの過失も指摘し、死亡による損害額を約7200万円と算出した上で、その約3割のさらに半額しか賠償額を認めなかった。
という点。加害者と行動を共にしていることを知っていたら、なおさら、救命される確率は高かっただろうに。この事件の背景には日産自動車(株)があり、日産コンツェルンの創始者、鮎川義介は岸信介の叔父にあたるため、日産と安倍晋三とは深い関係がある。私個人としては、だから、今回の被害者に対して非情な判決には安倍の圧力などもあるのではないかと疑っている。弱い市民を痛めつけ、総理と関係のある大企業を守るこの東京高裁の判決に憤りを感じるのは私だけではないであろう。
そして、読売新聞の3月27日の「石原知事『ババァ発言』訴訟、再び女性の訴え棄却」と言う記事を読んでも全く納得できなかった。この単純な読売の記事からだけでは、なぜ高野伸裁判長が「知事の職務としての発言で、知事個人は責任を負わない」と請求を棄却したのか全く理解できないが、石原が個人としては責任を負わないというのであれば、知事として責任を負うべきではないのだろうか。その場合、女性達が知事の発言として訴え、石原が敗訴すれば、東京都が賠償金を支払うことになる。つまり、都民の税金から払われるのだ。都知事の暴言の罪を償うために都民の税金が払われるとしたら、いくら石原のババァ発言に憤りを感じていたこの女性たちだって訴えるのをやめてしまうだろう。それにしても、いくら知事としてインタビューを受けた時の発言だとしても、なぜ、この発言が個人の発言ではなくて知事としての発言になるのかさっぱりわからない。
さらに、読んで不快になったのが、「きっこ」ブログのすごい中身 石原都知事側「事実無根」と激怒というj-CASTの記事。これを書いた記者はわざわざご丁寧にも「きっこのブログ」の記事を石原事務所に電話で知らせたあげく、許可なく「きっこのブログ」の記事を引用して著作権法にも違反するこんな悪意に満ちた記事を書いているため、このJ-CASTの記事は削除されるようJ-CASTにリクエストしておいた。きっこちゃんは真実を書いただけであり、これは石原の中傷なんかじゃない。「石原都知事側「事実無根」と激怒」というのもおおげさに書かれているような気がする。激怒は突然電話をしてきたこの無礼な記者に向かったものではないのだろうか。ちなみに、石原慎太郎と朝鮮人コンプレックスについては下記のサイトにも書かれている。
石原慎太郎と朝鮮人コンプレックス(7)
石原慎太郎と朝鮮人コンプレックス
又、きっこちゃんはせっかく心の底からしびれるような記事を書いたのに削除しちゃったんだけど、選挙中はインターネットで立候補者について書いてはいけないなんてどこに書いてあるの?公職選挙法に目を通してみたけど、どこにもブログで選挙の候補者について書いてはいけないなんて書いてなかったよ。もし、これが本当だったとしたら、言論の自由を奪う規制であり、そんな法律があるのは、世界中でも日本だけだと思う。選挙中だからこそ、候補者について国民が議論をかわしながら、より良い社会をつくっていくのが真のの民主主義国家じゃないだろうか。それを閣僚の汚職や暴言や官僚の天下りは簡単に許すけど、国民が選挙中に候補者についてブログで語ってはいけないなんて、それこそ政府に都合よく支配されている北朝鮮も真っ青な国になっちゃうよね。
公職選挙法にしたって、こんなもの最初から最後まで全ての国民が読めるとでも思ってるのか?長すぎるし、同じようなことが何度もくどくどと繰り返されているだけ。今のネット時代に相応なものに書き換えないと国民を混乱させるだけだ。教育改悪や憲法改悪する前に公職選挙法を改善しろよ!と言いたい。
関連記事:
『4つの目で世の中を考える』「栃木リンチ殺人 犯人の狂気もさることながら警察、日産自の信じ難い対応」
『kisatonomori blog』「栃木リンチ殺人控訴審判決 どうか納得できる裁判を」
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