「年越し派遣村」物語
kojitakenさんも昨日書いていたけど、池田大先生は湯浅誠氏に嫉妬しているだけなんだろうと思う。
湯浅誠に対する池田信夫のみっともない嫉妬
とらちゃんが下の記事で紹介してくれた加藤登紀子氏が派遣村を訪れたときの動画の中にヘンリーさんが映っていたので、アップしておこう。
派遣村のお登紀さん+坂本総務大臣政務官を更迭しない麻生+そのままお返し致します!⇒「アナタは本当にまじめに働こうとしている政治家なのか!?」
派遣村 速報レポートby 加藤登紀子 Tokiko Blog PART1/2
そのヘンリーさんだが、派遣村である人と恋に落ちてしまったようだ。
BLOG版「ヘンリー・オーツの独り言」YOU´VE GOT A FRIEND
え?もしかして、ツーショットが決まっていた瑞穂タンと?なんて一瞬思ってしまったんだけど、20歳年下の人ということなので、違うみたいだ(笑)。
あと、大津留さんも派遣村に参加されて、数々のスナップ写真と共にいくつかの記事がブログにアップされている。
「年越し派遣村」ボランティアリポート
黒坂操
12月31日から1月5日まで日比谷公園に開設された「年越し派遣村」にボランティアとして行ってきました。メールで「年越し派遣村」を知って、「年越し派遣村」って何、「ちょっと見に行ってみようかな〜」なんて軽い気持ちで31日の「開村式」に望みました。主催者や政治家、各労働組合の代表からの話を聞いているとだんだん事の重大さがわかってきました。「開村式」のスピーチが終わると100人くらいいたボランティアの割り振りがされました。そこからです。私の怒涛の年末年始が始まったのは・・・
私はまず、全国から届く物資の仕分けと在庫管理をすることになりました。米1トン、ジャガイモ200キロ、大根100キロ、りんご30箱、次々と運び込まれる食材の数量を確認しテントに積んでいきます。送り主は個人、地方の労働組合、共産党の支部、全国の農民連など多岐にわたります。
食事の時間にはボランティア総動員で食事作り、行列の整理など私は、倉庫番の合間に会場整理をやっていました。だけど、今、考えると31日の食事はとてもゆったりとしたものだったな〜と思います。村民も100人ちょっとだったし。「村」の存在がテレビで報道されると入村者が雪だるま式に増えました。ボランティアも増えました。私の倉庫番の仕事も仕事を任せられる部下(?)が増え、ときどき顔を出せばいい感じになってきました。
「2列に並んでくださ〜い」「お待たせしました〜」「おかわりはありませ〜ん」
日に日に食事の行列が長くなりました。4日には500人、行列がなくなるまで2時間近くかかりました。行列の中には、視点のさだまらない顔面蒼白の若者がたくさんいました。食事の時間が終わった頃大きな荷物を持って「村」にたどり着き、「何か食べ物、ありますか?」とたずねる青年。
後から聞いた話ですが、茨城県から歩いてきた人、自殺に失敗して「村」に来た人、交番で「村」を紹介された人。テレビの報道より厳しい現実を目のあたりにしていると「大企業」に対する怒りがふつふつと沸いてきました。
倉庫番の仕事もすごいことになってきました。入村者が予想以上に増えたため、倉庫として使っていたテントを急遽、入村者の宿泊用にすることになったのです。残っているボランティアで、米、もち、ジャガイモ、たまねぎ、大根、りんご、みかん、缶詰、カップラーメン、お菓子などの食材をすべて外に運び出しました。そして、野良猫、カラス対策のためにブルーシートをかけてその日は帰りました。元旦の夜のことです。
テレビの報道の影響で入村者、ボランティア、メディア、そして観光客が日に日に増えました。どんなに人数が増えても、入村者の方々からは「村」に来てよかったという穏やかなものが感じられましたが、それに引き換え、ボランティアやメディアの方たちは数が増えれば増えるほど、マナーが悪くなってきました。テレビ局だからとか外国から取材に来たからといって何をしてもいいというわけじゃありません。配膳の最中に厨房にずかずかと入ってきたり、プライバシーへの配慮がなかったり、広めてくれるのはいいのですが、その前に人権について考えて欲しい。人の気持ちや礼儀を考えて欲しいと思いました。
ボランティアの質も悪くなってきます。ハンドバックにスカート姿で「何か仕事ありますか?」とか、「ちゃんと指示してくれなきゃわからないじゃない」と同じボランティアに詰め寄るおばさん。 帰れ!
観光客などは論外です。「今、食事の準備中ですので通行できません。」というと「カンパしたのに何だ、その態度は。」と言ってボランティアに食って掛かります。食事の列に明らかにプロのホームレスを見ると「俺はホームレスのためにカンパしたんじゃないぞ。」 ・・・なんて心が狭いのだろう、カンパ返すよ!
全国から届く支援物資、米だけで4日には4トンに達しました。宅配便の宛名を見ると「日比谷公園派遣村」と書いてありました。それだけで届くんだ〜と感動しました。
たくさんの食材をリュックにつめて持ってきてくれる老夫婦。
ミュージシャン、マジシャン、飴細工職人、マッサージ師、村民のためにと集まる職人。
「政治を変えなきゃ」と切実に訴える観光客。床屋を申し出る美容師。
入村者に中にも「村」の運営に力を貸してくれる人もいました。
「派遣村」にはそういう心温まる人たちがたくさん集まっていました。
31日に「ちょっと様子を見てみよう」なんて思っていた自分が、名前も知らない人たちと団結して「村」を何とかして切り回していく、そんな中に自分が居られたことは自分にとって、かけがえのない時間でしたし、一緒に苦労したみんなと出会えたことはお金では買えない財産だと思っています。
自分のことを「高杉晋作」だという下ネタ好きのホームレス、一本芯の通ったオヤジ。いつも「よっしゃ、がんばろうー」っていうのりの体育会系のリーダーハナさん、一生懸命考えるワタナベサブリーダー、名前はわからないけど、ずっとゴミの整理をしてくれていたプロのホームレス。農民連の上山さん、みんなにまた会いたいと心から思います。
毎日、派遣村に通って、帰るときに日比谷公園を出ると目の前には帝国ホテル。
きらびやかなネオン、大きくてリッパな建物、あまりのギャップにため息が出ます。
「みんなでなんとかして頑張ろうよ」っていう世界から、「金儲けしたい、自分さえ良ければいい」という現実の社会が道ひとつ隔てたところにある。涙がでました。
「年越し派遣村」は、村民にとっても、私たち労働者にとっても希望の「村」です。
これだけの短期間で私たちの要求をアピールできたことは奇跡的だと思います。
「高杉晋作」さんが言っていました。「皇居のとなりの日比谷公園でこんなことができるなんて、世の中変わったな〜」って、なるほどって思いました。
派遣村での4日間、体はきつかったけど、本当に心が温まることが多い毎日でした。
村民のみなさんにとっては、まだまだ、厳しい日々が続くとは思いますが、いざとなれば、いつでも「派遣村」は再開できます。「派遣村」での体験を忘れず希望を持って頑張ってもらいたいと思っています。
自分もこんな正月は初めてです。一生忘れません。
困難に遭遇したとき、同じ境遇の人が集まって、励まし合うことが大切だ。そんな中で、人は生きる希望を見つけ、再び歩き始めることができるから。こういった機会を設けて下さった派遣村の村長、湯浅誠氏には、いくら感謝しても足りないくらいだ。又、湯浅誠氏をサポートして下さった労組の方たちや野党議員、ヘンリーさんや大津留さんや黒坂さんらボアンティアの方々にも、心からありがとうと伝えたい。あなた達がいる限り、日本はまだまだ捨てたもんじゃないなんて思えるのだった。
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若い頃のお登紀さんってすごく田舎くさかったね(笑)。
でも、又、そこが彼女のいいところで、歌は昔から上手かった。
Kato Tokiko - Shiretoko Ryojyo 知床旅情
知床ってなんとなくカナダと似ていて、自然が一杯で広々としている。こんなところで過ごしたら、心が洗われるようだろうね。



















