永田寿康のように自殺する人もいれば、派遣村に救われる人もいる
永田元議員:飛び降り自殺 偽メール問題で辞職(毎日新聞 2009年1月3日)生きる希望、派遣村がくれた…失業・自殺未遂から再起誓う(読売新聞 2009年1月4日)
偽メール事件は、それまで耐震偽装問題、狂牛病問題やライブドア事件で自民党を追い込んでいた民主党が、一転して国民の信用を失う原因となった事件で、永田寿康元議員が辞職、前原誠司が党代表を辞任という形で終止符を打った。しかし、今から思えば、この偽メール事件があったからこそ、今の民主党があるわけで、結果的にはよかったと思っている。
永田氏の経歴を見てみると、かなり華々しい青春時代を送ってきたようだ。
1988年、慶應義塾志木高等学校卒業
1993年、東京大学工学部物理工学科卒業。大蔵省入省
1995年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)MBA課程留学
1999年、大蔵省退官、古川元久衆院議員の公設秘書となる。
2000年、総選挙に初出馬し、初当選。実父が九州の医療法人財団会長を務める国内有数の資産家であることから、以降潤沢な資金援助をうける。実父は永田の選挙区である千葉県八千代市に学校や病院、看護サービス施設を建設。月一度の新聞の折り込み広告等の選挙支援を行う。2000年の総選挙で一気に大所帯となった民主党の若手議員の中で、屈指の資金力を誇る。
2004年、航空会社の元客室乗務員と結婚。挙式は千葉マリンスタジアムを借り切り、岡田克也代表らも列席した大規模なものだった。翌年長女が誕生。
一方、派遣村で生きる望みを見つけた男性は、前述の読売の記事によると、
北海道釧路市出身。19歳で上京し、不動産会社の従業員だった27歳の時に結婚した。その後、タクシー運転手に。待望の長男を授かってからは、率先して炊事や洗濯、子守を手伝う良き父だった。
しかし、タクシーの仕事は減り、それに伴い夫婦仲も悪くなり、8年前に離婚した。空虚感から仕事が手につかなくなった。離婚から2年後、アパートを夜逃げ同然で飛び出し、ネットカフェなどで暮らしていた。
となっている。
ここまでの二人の経歴を比べてみると、光と影ほど違う人生を歩んでいる。永田氏は実父が国内有数の資産家で、誰もがあこがれの慶応高校から東大へ。大学卒業後は大蔵省に就職。UCLAでMBAを取得後は、大蔵省を退官し、議員秘書になる。2000年の総選挙では初出馬し、初当選している。4年後には、元客室乗務員と千葉マリンスタジアムを借り切って結婚式を挙げる等、まさに親の資産に100%頼り切った人生を歩んできた。しかし、「偽メール事件」で永田氏の人生の歯車が狂い始める。
ウィキペディア「永田寿康」より
2006年2月16日を機に「堀江メール問題」が起こる。この騒動で寿康は発言を二転三転させるなどし、国民から民主党への非難が集中することになった。結果、前原誠司代表ら民主党執行部が責任を取り総退陣することになった。
国会でライブドアの堀江貴文被告(当時)のメールを取り上げたものの、そのメールが偽装だったことが判明。2月28日に、民主党から半年間の党員資格停止処分を受けた。また、この件で懲罰動議が衆議院懲罰委員会に付託されたが最終的には処分が決定する前の3月31日に衆議院議長に辞職願を提出。4月4日の衆議院本会議で承認され、議員辞職した。これがいわゆる「堀江メール問題」である。
議員辞職後、次期総選挙で同じく千葉2区からの出馬を模索するが民主党に相手にされず独自に実父の地元である九州からの出馬を模索するも難航。またこの間、民主党の党籍の解除[7]、親族の経営する会社に入社するも一年足らずでの退社[8]、その後、親族の経営する公認会計事務所に入るも同じくまもなく退社、さらに親族の傷害致死事件[9]や創価学会をめぐる自身の刑事処分(略式で罰金刑)、夫人からの離婚調停などトラブルが頻発し次第に精神に支障をきたすようになる。
2008年11月12日、実父が関係する福岡県宗像市の医療法人所有の保養所で手首を切って抜け出し、徘徊しているところを警察に保護された。また、夫人との離婚が成立していたこともあわせて報道された。
これまで父親のおかげで、失敗することもなくうまく行き過ぎていた人生だが、偽メール事件以降は父親の援助も断ち切られ、親族経営の会社に入社しても長続きせず、妻からも離婚を迫られるというトラブルが続出した。それまで自分の力で人生を切り開いてきた人だったら、問題を解決する能力が備わっているから、これらの問題もうまく切り抜けてきたと思うが、永田氏の場合は、全て父親頼りの人生だったから、問題を解決することができずに、自分の生命を絶つことで、これらの問題から逃げたのではないだろうか。しかし、まだ、自殺と決まったわけではないし、偽装自殺ということもあるので、まだはっきりしたことは言わない方が賢明かもしれない。
もう一人の日雇い派遣労働者だった男性は、昨年末のクリスマスイブにいきなり解雇を言い渡された。大みそかの朝、所持金は200円になっていた。「もう死ぬしかない」と元旦にあてもなく歩き始め、羽田空港近くの木の生い茂った歩道で高い木を選んで枝にベルトをくくりつけ、自分の首に巻き付けたところ、ベルトのバックルが壊れ、一命を取り留めた。
そのとき放心状態で聞いていたラジオから「派遣村にどんどん人が集まっています。今、さまよっている人でも、ここに来ればなんとかなるかもしれません」とリポーターの声が聞こえ、日比谷公園まで歩いて、ボランティアの女性からおにぎりと暖かいお茶を手渡され、涙が込み上げてきた。弁護士にも生活保護を申請することを勧められ、もう一度頑張ってみようという気になったという。
人に頼って生きると、その人の支えがなくなると、突然どうしていいかわからなくなる。問題が起こると、そこで立ち止まってしまう。問題が起きたときに備えて問題解決能力を養うためには、自分の足で歩くことが大切だ。過去に人生で失敗していても、自分の足で歩いてきた人は、再び立ち上がることができる。どんな困難にあっても必ず解決法はある。だから、生きる希望を捨てずに、尊い命を大切に。
追記関連記事:(日時順)
偽メール問題で辞職の永田寿康元議員を追い込んだのはマエハラとノダだと思っています。
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