「赤ちゃんポスト」賛否両論
つい最近、零下10℃前後が続くカナダで、明け方に民家の玄関の前に生まれたての赤ちゃんが毛布に包まれて置き去りにされたという出来事があった。なぜその母親がその民家を選んだかというと、早朝に家の明かりがついていて、中に犬がいるのを知っていたから、赤ちゃんを玄関先に置けば、すぐに犬が気づいて、その家の住人に知らせるjだろうと思ったそうだ。その母親の予想通り、赤ちゃんが置き去りにされてすぐに、民家の住人は、犬が騒ぐので玄関の扉を開けて、赤ちゃんを発見。その若い10代の母親は赤ちゃんが自宅で生まれてしまって、親にも相談できず、どうしていいかわからなかったらしい。赤ちゃんを自分では育てられないが、生き延びて欲しいという母親の切実な思いからの行動だったのだろうが、たまたま犬が吠えたからよかったものの、もし、誰も気づかなかったら、その赤ちゃんは数時間後に凍死していただろう。結局、その十代の母親が警察に出頭した為、赤ちゃんは無事その母親に戻されたが、その後どうなったかはわからない。
日本でも最近、「赤ちゃんポスト」の設置が認められたそうだ。これは単なる思いつきでつくられたのではなく、カトリック系慈恵病院理事長の蓮田氏が3年がかりで構想を暖めてきたものである。熊本で新生児置き去り事件が何件も続いたことがこの構想の発端となっているようで、同じようなシステムを導入しているドイツに視察に行ったりして長い間構想を練ってきたそうだ。日本と同じく少子化に悩むドイツでは6年前から「赤ちゃんポスト」が設置され、その数は現在80施設にまでのぼっている。やはり、ドイツでもこの設置の前年に、置き去りにされた40人の子供の半数が亡くなったことが発端となっている。
『天木直人のブログ」で赤ちゃんポストは悲しすぎるとの感想が述べられていた。確かに、自分で産んだ赤ちゃんを放棄するという行為は褒められる行為ではなく、これまで親の愛情を一身に受けて育ち、同じように自分の子供も育ててきた人にとっては、「赤ちゃんポスト」は心情的に認めがたいものがあるに違いない。しかし、母親が自分のお腹で9ヶ月間育てた赤ちゃんに愛情がないわけはなく、その赤ちゃんを育てることを放棄するという背景には、経済的な理由や父親の心変わりなどよほどの事情があるのだろう。
若い頃に村上龍の「コインロッカー・ベイビーズ」というコインロッカーに捨てられた赤ちゃんの話を読んでかなり衝撃を受けたことがあるが、厚生労働省によると、2000年までの統計で、日本では年間200人前後の「捨て子」があるそうだ。このところ育児放棄などの虐待のニュースも増えてきており、年間50人の子供が虐待で命を失っていることを考えると、命は取り留めたが、虐待を受けている子供のニュースが頻繁に伝えられることを考えると、日本では、子育てにストレスを感じているカップルも多いという現実に気づかされる。
又、現代では逆に子供が欲しくてもできないカップルも増えている。子育てを放棄した親の代わりに、里親がその子供を育てられたら、両方の親にとってはありがたいことではないか。捨てられたその子供は不幸になるのだろうか。赤ちゃんのうちは自分が捨てられたということは全くわからないため、それによって苦しんだり、悲しんだりすることはないと思う。そればかりか、大きくなって自分の境遇を知った時、捨てられて、置き去りにされ、もしかしたら、死んだり、虐待される運命にあったかもしれない自分を救ってくれ、大切に育ててくれた里親に大きな感謝の意を抱くであろう。私がその捨てられた赤ちゃんの立場だったら、きっとそう思う。欧米などでは子供の頃から養子であることを知らせながら育てるという。そうすれば、多分、大人になってから自分が養子だったということを知るよりもショックが少ないのかもしれない。
もちろん、「赤ちゃんポスト」を批判する意見もある。中には「赤ちゃんのごみ箱を作るつもりなのか」「子どもを捨てられると安易に喜ぶ若者を増やす」「中途半端に助ければ、かえって不幸を招く」などの批判もあるようだが、これは赤ちゃんのごみ箱というよりは、命のリサイクル・ボックスだ。「子供を捨てられると安易に喜ぶ若者」などいるだろうか。もし、赤ちゃんを最初から望んでいなかったら、ほとんどの女性は人工中絶すると思う。妊娠したら、女性は命がけでお腹の赤ちゃんを育てなくてはならない。妊娠しても赤ちゃんは「赤ちゃんポスト」に捨てればいいなどと思いながら9ヶ月間育てる女性は、まずいないと思う。赤ちゃんを愛情を持って育てたけれども、何かの事情でどうしても育てられなくなってしまった母親にとって、「赤ちゃんポスト」は不幸に生まれた自分の子供に幸せを願っての最後の手段なのだ。「中途半端に助ければ、かえって不幸を招く」という批判もあるが、それでは、そのまま助けずに見殺しにしろということか?日本では不幸に生まれたら、不幸に育つと考えられているようだが、海外の例では、不幸に生まれても、里親によって幸せに育ち、幸せな人生を手に入れる人は多い。
母親が親権放棄に同意しなくても、里親に引き渡すことができれば、捨てられる新生児の数よりも里親を希望するカップルの数の方が多い為に、新生児の引き取り先はすぐに決まるだろう。日本の童話には、川に流れる桃の中から生まれた桃太郎を育てたり、竹を切って発見されたかぐや姫を育てるような里親の話が昔から語り継がれているわりには、社会的に里親になるということに抵抗を感じている人も多いことは確かだ。ニュースでは再婚した後に連れ子が虐待されるケースも目立つ。新生児だけではなく、ある程度の年齢の子供の養子も世間に容認されるような里親制度がこれからは求められるのではないかと思う。まずは、日本では難しいと思われる赤ちゃんポストの試みがこれからどのように展開されていくのか注目していきたい。
参考記事:(本文は続きを読むに保管)
『赤ちゃんポスト』渦巻く賛否(東京新聞 2006年11月17日)
[解説]赤ちゃんポスト設置へ (yomiuri online 2006年11月29日 )
リアヨロでも賛否両論。
追記:
『きっこの日記』の「「ポスト」が嫌いなアベシンゾー」によると、安倍が「赤ちゃんポスト」に強い懸念を示しているのは、自民党内で「ポスト安倍」について盛んに囁かれているからだというのには笑った。又、kojitakenさんによれば、「安晋会」の疑惑を追及する記事をひんぱんに掲載する「週刊ポスト」を連想させるからではないかということだが、それアリエールかもしれない。きっと「ポスト」という言葉にアレルギー反応しちゃうのだろう(笑)。
一方、日テレニュース24によると、カメムシ大臣は22日には違法ではないと容認の姿勢を見せていたが、23日には、安倍の強い懸念を受けてか、今後容認するかわからないと慎重な姿勢を示した。、突然、塩崎官房長官と共に抵抗を示し始めたというのはどういうことなのだろうか。きっと安倍将軍様に忠誠を誓い、服従しているつもりなのだろうが、相変わらず、安倍内閣は閣僚がバラバラで、言うこともコロコロと変わり、どうしようもないという印象を強める結果となった。
ゲンダイネット(2月22日掲載)によると「安倍政権 あと2カ月までの怪しい雲行きと闇」だそうだ(笑)。
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日本でも最近、「赤ちゃんポスト」の設置が認められたそうだ。これは単なる思いつきでつくられたのではなく、カトリック系慈恵病院理事長の蓮田氏が3年がかりで構想を暖めてきたものである。熊本で新生児置き去り事件が何件も続いたことがこの構想の発端となっているようで、同じようなシステムを導入しているドイツに視察に行ったりして長い間構想を練ってきたそうだ。日本と同じく少子化に悩むドイツでは6年前から「赤ちゃんポスト」が設置され、その数は現在80施設にまでのぼっている。やはり、ドイツでもこの設置の前年に、置き去りにされた40人の子供の半数が亡くなったことが発端となっている。
『天木直人のブログ」で赤ちゃんポストは悲しすぎるとの感想が述べられていた。確かに、自分で産んだ赤ちゃんを放棄するという行為は褒められる行為ではなく、これまで親の愛情を一身に受けて育ち、同じように自分の子供も育ててきた人にとっては、「赤ちゃんポスト」は心情的に認めがたいものがあるに違いない。しかし、母親が自分のお腹で9ヶ月間育てた赤ちゃんに愛情がないわけはなく、その赤ちゃんを育てることを放棄するという背景には、経済的な理由や父親の心変わりなどよほどの事情があるのだろう。
若い頃に村上龍の「コインロッカー・ベイビーズ」というコインロッカーに捨てられた赤ちゃんの話を読んでかなり衝撃を受けたことがあるが、厚生労働省によると、2000年までの統計で、日本では年間200人前後の「捨て子」があるそうだ。このところ育児放棄などの虐待のニュースも増えてきており、年間50人の子供が虐待で命を失っていることを考えると、命は取り留めたが、虐待を受けている子供のニュースが頻繁に伝えられることを考えると、日本では、子育てにストレスを感じているカップルも多いという現実に気づかされる。
又、現代では逆に子供が欲しくてもできないカップルも増えている。子育てを放棄した親の代わりに、里親がその子供を育てられたら、両方の親にとってはありがたいことではないか。捨てられたその子供は不幸になるのだろうか。赤ちゃんのうちは自分が捨てられたということは全くわからないため、それによって苦しんだり、悲しんだりすることはないと思う。そればかりか、大きくなって自分の境遇を知った時、捨てられて、置き去りにされ、もしかしたら、死んだり、虐待される運命にあったかもしれない自分を救ってくれ、大切に育ててくれた里親に大きな感謝の意を抱くであろう。私がその捨てられた赤ちゃんの立場だったら、きっとそう思う。欧米などでは子供の頃から養子であることを知らせながら育てるという。そうすれば、多分、大人になってから自分が養子だったということを知るよりもショックが少ないのかもしれない。
もちろん、「赤ちゃんポスト」を批判する意見もある。中には「赤ちゃんのごみ箱を作るつもりなのか」「子どもを捨てられると安易に喜ぶ若者を増やす」「中途半端に助ければ、かえって不幸を招く」などの批判もあるようだが、これは赤ちゃんのごみ箱というよりは、命のリサイクル・ボックスだ。「子供を捨てられると安易に喜ぶ若者」などいるだろうか。もし、赤ちゃんを最初から望んでいなかったら、ほとんどの女性は人工中絶すると思う。妊娠したら、女性は命がけでお腹の赤ちゃんを育てなくてはならない。妊娠しても赤ちゃんは「赤ちゃんポスト」に捨てればいいなどと思いながら9ヶ月間育てる女性は、まずいないと思う。赤ちゃんを愛情を持って育てたけれども、何かの事情でどうしても育てられなくなってしまった母親にとって、「赤ちゃんポスト」は不幸に生まれた自分の子供に幸せを願っての最後の手段なのだ。「中途半端に助ければ、かえって不幸を招く」という批判もあるが、それでは、そのまま助けずに見殺しにしろということか?日本では不幸に生まれたら、不幸に育つと考えられているようだが、海外の例では、不幸に生まれても、里親によって幸せに育ち、幸せな人生を手に入れる人は多い。
母親が親権放棄に同意しなくても、里親に引き渡すことができれば、捨てられる新生児の数よりも里親を希望するカップルの数の方が多い為に、新生児の引き取り先はすぐに決まるだろう。日本の童話には、川に流れる桃の中から生まれた桃太郎を育てたり、竹を切って発見されたかぐや姫を育てるような里親の話が昔から語り継がれているわりには、社会的に里親になるということに抵抗を感じている人も多いことは確かだ。ニュースでは再婚した後に連れ子が虐待されるケースも目立つ。新生児だけではなく、ある程度の年齢の子供の養子も世間に容認されるような里親制度がこれからは求められるのではないかと思う。まずは、日本では難しいと思われる赤ちゃんポストの試みがこれからどのように展開されていくのか注目していきたい。
参考記事:(本文は続きを読むに保管)
『赤ちゃんポスト』渦巻く賛否(東京新聞 2006年11月17日)
[解説]赤ちゃんポスト設置へ (yomiuri online 2006年11月29日 )
リアヨロでも賛否両論。
追記:
『きっこの日記』の「「ポスト」が嫌いなアベシンゾー」によると、安倍が「赤ちゃんポスト」に強い懸念を示しているのは、自民党内で「ポスト安倍」について盛んに囁かれているからだというのには笑った。又、kojitakenさんによれば、「安晋会」の疑惑を追及する記事をひんぱんに掲載する「週刊ポスト」を連想させるからではないかということだが、それアリエールかもしれない。きっと「ポスト」という言葉にアレルギー反応しちゃうのだろう(笑)。
一方、日テレニュース24によると、カメムシ大臣は22日には違法ではないと容認の姿勢を見せていたが、23日には、安倍の強い懸念を受けてか、今後容認するかわからないと慎重な姿勢を示した。、突然、塩崎官房長官と共に抵抗を示し始めたというのはどういうことなのだろうか。きっと安倍将軍様に忠誠を誓い、服従しているつもりなのだろうが、相変わらず、安倍内閣は閣僚がバラバラで、言うこともコロコロと変わり、どうしようもないという印象を強める結果となった。
ゲンダイネット(2月22日掲載)によると「安倍政権 あと2カ月までの怪しい雲行きと闇」だそうだ(笑)。
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