2011.11.17 (Thu)
ナジェージュダちゃんの日記
マリノフカは、チェルノブイリから300KMも離れているにもかかわらず、ホットスポットだったために、放射能汚染がひどかったようだ。日本でも福島から離れているからといって安心していられない。
イーゴリ・マローズ 第四中等学校十一年生 シュクロフ町
祖母の住むマリノフカが汚染のひどいところだということを、当時はまだ誰も知らなかった。
そこにはずっと昔から、野生のナシの木があった。いつごろからあったのか誰も知らなかったが、それは祖母の庭にはえていた。
その夏、マリノフカには、すでに放射能が舞い降りていた。しかし人々は、これから恐ろしい不幸がおこるなどとは予期していなかったし、誰もこの古い大木にも死の兆候が表れているなど思ってもみなかった。
その木は、庭のほとんど三分の一を日陰にするので、村の人達は何度もこの木を切り倒すように祖母に助言した。
しかしその都度、祖母は断り、こう言った。「そんなことしちゃだめなんだよ。その昔、この木の下に、罪のない女の子の血が流されたんだから」と。
遠い昔の農奴の悲しい死の伝説を知ってる人はたくさんいたけれど、みんながそれを本当のことだと信じていたわけではない。だけど、私の祖母は信じていた。この驚くべき古木は、祖母にとって聖なるものなのである。
僕のいとこのナジェージュダは、このナシの木が好きだった。その年の夏休みにも彼女は祖母のところにやってきた。その夏は蒸し暑く、沈んだ雰囲気だった。でもおばあちゃんのいるマリノフカは、とても美しかったし、広々としていた。
ナジェージュダは夏中、祖母の菜園に滞在し、種蒔きなどの手伝いをした。
また彼女は森へ行って、イチゴやキノコを集めたり、近くの川で日光浴や水遊びもした。
ある日、地区のなんだかえらい人が来て、「村の土や水や空気はとてもきれいであります。ここは安心して住んでいただきたい。」と言って帰って行った。だから村人たちは安心して住み続けた。
大きく枝を張り、葉を茂らせたナシの木の下で、ナジェージュダは水彩画を描いた。彼女は画家になることを夢見て、美術研究所で勉強していた。
彼女はその夏、とても美しくなった。
十五歳だった。少女からレディーになった。
彼女は日記を書きはじめ、そこに秘密の想いや印象を書き残した。
しかし、この日記には、その後、腫瘍専門病院での苦しみが書かれることになる。
彼女の日記に書かれたことは全て、言葉で言い表せないほど、僕を揺り動かした。
とりわけ、最後の十日間分の内容はそうだった。
何という希望、生への渇望、人間的尊厳だろうか。何という悲劇、取り返しのつかないわざわいを感じていたのだろうか。
今、この日記は僕の手元にある。
僕はこの勇気と真の崇高さが記されたナジェージュダの日記の、最後の数日分をここに紹介したい。
2011.10.25 (Tue)
がれき焼却でホットスポットが作られる可能性を指摘するガンダーセン氏
御用学者によれば、がれき焼却では放射性物質はほとんどが灰に残るので環境には出ないなどと言っているが、とんでもないでたらめだ。実際は、放射性物質は焼却されると再揮発し、空気中に再び拡散されるようだ。全国にある焼却施設がミニ原発となって放射能をばら撒き、人々の健康を脅かす。
全国の地方自治体は、がれきの焼却を受け入れてはならない。
ゴミ焼却で放射能再揮発しホットスポット作る!
ガンダーセン10/20(字幕)
「新しい時代を作るのは老人ではない。」
-原発・放射線関連動画日本語訳-
"原子力・放射線関連動画の日本語訳・英訳ブログ"より全文書き起こしを転載。
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2011.10.18 (Tue)
東電が国に7000億円の資金援助申請って何かの冗談か
福島第一原発事故で日本中の食品が汚染された。その食品の汚染度を測定するために、人々は本来は政府や東電が払うべき測定料金を支払うはめになってしまった。政府は、東電に援助するお金が1兆円あったら、放射能測定器を買い、全国の地方自治体で無料で食品の検査ができるようにするべきだ。それが、国民に放射能汚染の不安と恐怖をもたらした国や東電の責任というものだろう。
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