2008.12.02 (Tue)
『カナダde日本語』11月アクセス解析

5ヶ月になるミニーちゃんは、3キロになった。
これがよく食べるんだな。おかげさまでお腹はプクプクリン。
毎朝まぶたを舐めて起こしてくれるのはいいんだけど、
猫の舌はザラザラしててとっても痛いのね。
月に一度のアクセス解析なんだけど、サラッとやっちまおうと思う。11月の初めには米国で大統領選があったので、その関係で今月のトータルアクセス数は、20万件台に達し、これまでで最も多かった。ユニークアクセス数も10万件に達し、今年最高となった。記事数が増えていることも要因と思われる。5月の連休には日本に行ったため、記事数が少なく、アクセス数も減ってしまった。【 】内は記事数。(UA=ユニークアクセス;TA=トータルアクセス)
【More・・・】
11月アクセス数: UA 102,789 TA 214,568 【49】
10月アクセス数:UA 89,169 TA 195,820 【49】
9月アクセス数: UA 81,218 TA 180,764 【45】
8月アクセス数: UA 59,354 TA 118,912 【44】
7月アクセス数: UA 52,349 TA 103,515 【38】
6月アクセス数: UA 52,699 TA 112,353 【37】
5月アクセス数: UA 46,099 TA 101,439 【35】
4月アクセス数: UA 83,420 TA 117,362 【41】
3月アクセス数: UA 67,991 TA 109,334 【40】
2月アクセス数: UA 68,080 TA 117,649 【37】
1月アクセス数: UA 73,862 TA 134,111 【34】
FC2を使っている方ならご存知だと思うが、ブログ上のFC2のカウンターの数字はなぜかアクセス解析の数字に比べて少なく表示されている。アクセス解析で12,000件を越えていても、カウンターでは、7~8,000件しか表示されないことが何度かあった。
今月のトータルアクセス数は、一日平均7,152件だった。ユニークアクセス数は、3,426件だった。ユニークアクセス数に関しては、去年、参院選があった7月がこれまでの最高となっている。(旧アクセス解析を使っていたためと思われる。)しかしながら、ユニークアクセスもこのところ徐々に増える傾向にある。
去年7月のアクセス数:
ユニークアクセス 110,737 トータルアクセス 167,891
逆アクセスランキングのブログ部門では、いつも通り『植草一秀の『知られざる真実』』がトップで、植草氏のブログからの総アクセス数は、先月よりもさらに増えている。又、更新するたびにこちらのエントリーを毎回のように紹介してくださる『晴天とら日和』からのアクセスも2番目に多かった。『きっこのブログ』や『きっこの日記』でも今月は3度もリンクを貼っていただいたので、かなりのアクセスがあった。『村野瀬玲奈の秘書課広報室』や『BLOG版「ヘンリー・オーツの独り言」』でも記事を紹介していただいた。尚、トップ10に入っていない方からも、同調であれ、批判であれ、記事を紹介していただいたことを感謝申し上げたい。
逆アクセスランキング
ブログトップ10
1. 植草一秀の『知られざる真実』 5107
2. 晴天とら日和 2424
3. きっこの日記 1514
4. きっこのブログ 1186
5. 反戦な家づくり 1090
6. きまぐれな日々 979
7. らくちんランプ 871
8. 村野瀬玲奈の秘書課広報室 386
9. BLOG版「ヘンリー・オーツの独り言」 334
10. 非国民通信 298
ランキングサイト
1. 政治ブログランキング(ブログ村) 2396
2. FC2ブログランキング 212
リンクサイト
1. News for the people in Japan 1181
2. Trackback People 584
3. r の憂国アンテナ 497
4. ココログニュース 413
5. 歴史修正主義に反対します 338
検索サイト
1. Google検索 26364
2. Yahoo!検索 11583
3. GOO(web検索)検索 772
4. BIGLOBE検索 680
5. @Nifty検索 391
人気記事に関しては、きっこちゃんに紹介されたオバマ勝利演説(全文)がもっともアクセスが多かった。又、米国でもお馬鹿な副大統領候補、サラ・ペイリンがテレビの視聴率を稼いだように、このブログでも、サラ・ペイリンの記事は、今月も引き続きアクセスを稼いでくれた。漢字が読めない総理や政府の公式の見解に反する論文を書いて更迭された田母神俊雄、非正規雇用職員346人を不当に解雇する橋下などのお馬鹿が次から次へとアホウマンスを繰り広げてくれたおかげで、話題に事欠かなかった。ラサール石井のブログが炎上した記事も記事を書いてから少ししてココログニュースで紹介されたので、息の長い人気記事となった。元厚生次官連続殺人事件は、実に衝撃的な事件だったが、思ったよりも大きな騒ぎにならなかった。きっとみんな、その背景に何か隠された大きな権力の存在を感じたからに違いない。
人気記事トップ10
1. オバマ勝利演説(全文)に全米が泣いた(YouTube) 4971
2. ラサール石井が麻生太郎を馬鹿と呼んだだけでブログが炎上 3148
3. 麻生太郎は絶対に読めない漢字クイズにチャレンジしてみよう! 3131
4. 田母神俊雄空幕長が更迭された本当の理由 2238
5. サラ・ペイリンのヌードや水着写真など 2028
6. サラ・ペイリンがインタビューで馬脚を露わす 2014
7. 橋下が大阪府立学校の非正規雇用職員346人を不当に解雇 1844
8. 早くも麻生内閣支持率が不支持率の半分まで落ち込んでしまった理由 1830
9. 社会的常識がかなり欠落している警官や総理大臣 1383
10. 元厚生次官連続殺人事件 1168
*トップページ (51919)を除く。
関連過去ログ:
アクセス解析カテゴリー
師走はみんなが忙しくなるときで、11月よりはアクセス数も減るだろうけれども、麻生辞任があった場合は大騒ぎになりそうな予感。
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12月に入ったので、クリスマス・ソングでも。ハンサムな4人組、イル・ディーヴォ(Il Divo)が歌う"Amazing Grace"。バグ・パイプの演奏とクライマックスが最高な一曲。
Il Divo - Amazing Grace
Amazing Grace (驚くべき神の慈愛)英語歌詞と和訳
Amazing Grace! How sweet the sound
That saved a wretch like me!
I once was lost, but now I'm found,
Was blind, but now I see.
驚くべき神の慈愛 その甘い響きが
私のような哀れな人間さえも 救って下さった
かつて我を見失っていたが 今は取り戻した
かつて見えなかったものも 今では見える
'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved;
How precious did that grace appear,
The hour I first believed!
神の慈愛は 私の心に恐れることを教えてくれた
神の慈愛は 恐怖をやわらげてくれた
神の慈愛を知ったことは なんと貴重なことか
それは私が最初に 神を信じた時のこと
Through many dangers, toils and snares,
I have already come;
'Tis grace has brought me safe thus far,
And grace will lead me home.
多くの危険や苦難や誘惑を乗り越えて
私は遠路はるばる やってきた
そしてついに 神の慈愛が 私を安全に帰還させた
神の慈愛が 私を帰るべき家に導いてくれるだろう
The Lord has promised good to me,
His word my hope secures;
He will my Shield and Portion be,
As long as life endures.
神は善を 約束してくださった
神の言葉と 私の希望は安泰だ
神は 私の盾となり 私の一部となる
命の続く限り 永遠に
Yes, when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the veil,
A life of joy and peace.
ああ この肉体と心が 最後を迎えるとき
限りある命が 終わろうとするとき
喜びと平和に満ち足りた生命を
私はずっと持ち続けるだろう 神の守護のもとに
The earth shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shine;
But God, Who called me here below,
Will be forever mine.
地球はすぐに雪のごとくとけてなくなるであろう
太陽は輝きを失うだろう
しかし私をここに呼んだ神は
永遠に私のもの
When we've been there ten thousand years,
Bright shining as the sun,
We've no less days to sing God's praise
Than when we'd first begun.
私がそこにいた はるか昔
太陽のように 明るく輝いて
神への感謝を 歌わない日々はなかった
最初に神を 信じたときのように
作者について(ウィキペディアより)
作詞者はジョン・ニュートン (John Newton)。作曲者は不詳。アイルランドかスコットランドの民謡を掛け合わせて作られたとしたり、19世紀に南部アメリカで作られたとするなど、諸説がある。
ジョン・ニュートンは1725年、イギリスに生まれた。母親は、幼いジョンに聖書を読んで聞かせるなど、熱心なクリスチャンであった。しかし、ジョンが7歳の時、彼女は死去する。成長したジョンは、商船の指揮官であった父に付いて船乗りとなったが、さまざまな船を渡り歩くうちに、黒人奴隷を輸送するいわゆる「奴隷貿易」に手を染めるようになった。
当時、奴隷として拉致された黒人への扱いは家畜以下であり、輸送に用いられる船内の衛生環境は劣悪であった。このため、多くの者が輸送先に到着する前に、感染症や脱水症状、栄養失調などの原因で死亡したといわれる。
ジョンもまた、このような扱いを拉致してきた黒人に対して当然のように行っていたが、1748年5月10日、彼が22歳のとき、転機はやってきた。船長として任された船が嵐に遭い、非常に危険な状態に陥ったのである。今にも海に呑まれそうな船の中で、彼は必死に神に祈った。敬虔なクリスチャンの母を持ちながら、彼が心の底から神に祈ったのは、この時が初めてであったという。すると、船は奇跡的に嵐を脱し、難を逃れたのである。彼はこの日を、みずからの第二の誕生日と決めた。その後の6年間も、ジョンは奴隷を運び続けた。しかし、彼の船に乗った奴隷への待遇は飛躍的に改善されたという。
1755年、ジョンは病気を理由に船を降り、勉学を重ねて牧師となった。そして1765年、「Amazing Grace」が生まれたのである。この曲には、黒人奴隷貿易に関わったことに対する深い悔恨と、それにも関わらず赦しを与えた神の愛に対する感謝が込められているといわれている。
この曲のほかにも、彼はいくつかの賛美歌を遺している。
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Tags : アクセス解析 |
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今後とも宜しくお願いします。
ブログ開設はまだ二ヶ月、ブログ村の登録はまだ10日前です。
この前指摘したフテキセツさんは、新たにやり始めたようです。
http://www.waisetu.info/kingdom/
ワッフル満載です。
所詮このような・・・・・・・・・です。
次は、Birthさんとこですかね・・・。
前投稿の「しる!」ですが、事後の経緯を見ればわかるように
姐さんたちの支持者が、持ってきたみたいです。ニュースでや
っていても、面白いとかではなく、日本語を理解できない人が
間違った表現をすることを揶揄する為に生まれた言葉です。
こんな言葉が流行て、tvでも言われ始めれば私的には
フテキセツさん以上にワッフルしてしまいます。
ずんだは出来立てはおいしいです。
特におはぎのように食べたら・・・。
お土産で2パックもらうと・・・・。
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ミニーちゃん、もうそんなに大きくなったんだ!
画像を見ても、幸せそうでなによりです。
それと、Amazing Graceを聴くと、
私は、今は亡き本田美奈子さんを思い出します。
彼女は晩年、この曲を、こよなく愛され、熱唱され、
病の末期にあっても、病床でこの曲を歌われていたそうです。
他にも、晩年の本田さんは、ストレートには出してはいなかったけど、
反戦や平和、愛への思いを胸に歌い続けていたのでは
ないでしょうか。
クラシック曲に新たに日本語の歌詞をつけるという手法で、
そういうメッセージ性のある曲を出されていたように
思います。
彼女を思い出すたびに夭折が惜しまれます。